第19話 毒の花
街で請けた依頼をこなし、近くの森で一息つく。
「さすがに疲れた」
「貧弱すぎる。もっと筋肉付けろよ」
依頼は相も変わらず厄介な獣狩りが主だ。戦うのは暴力振るいたがり少女ことジーヌの役目だが、依頼が終わると戦いに参加していないウィルナーの方がずっと疲労していたりする。自分から襲ってくる獣は例外的で、通常は人を警戒し、逃走する。故に戦うこと自体よりも、獣を探す時間の方が長いのが専らだ。
獣を探すには、何よりも足が肝要だ。歩いて回り、情報を拾い集め、行動を予測し、発見する。ゴミのような体力のウィルナーが役立つのは行動予測くらいである。
「休ませてくれ……」
「ならいい場所があるぞ。こっち来い」
その場に座り込もうとしたウィルナーの腕を取り、ジーヌは森の奥へと歩き出した。腰を屈めながら少女の後をついていく。
しばらく行くと森が開け、草原が見えてきた。一面に紫の花が広がっている。草原と表現したのは、森の中にあってその空間には一切の木々が存在していないからだった。まるで花の周辺を避けているかのように樹木は失せてなくなり、緑で覆われていたはずの天井からは青空が確認できる。
「どうだ! 散歩してたら見つけたんだ」
ジーヌはふんすと得意げに鼻息を鳴らす。
背後についてきているウィルナーが「おお……」と声を漏らした。斜に差す陽光と、光に照らされて輝く花々、上空には雲一つない青。
色彩豊かで美しくまとまった風景。
森の中に突如として出現した草原は、一枚の絵画のようでさえある。
「なるほど。……景色はいい」
「含みのある言い方だな」
「だろうね。景色はいいが、私は好まない」
背後を振り返って「なんでだよ!」と文句を言おうとしたジーヌだが、口より先に手を動かすことになった。文句を言っている場合ではなかったからだ。
ウィルナーは青ざめた顔で膝をついていた。
「どうした!? 大丈夫か?」
「毒にやられた。飛竜花だ」
ウィルナーは紫の花を指して言った。
人にも竜にも通じる毒があれば、竜にだけ通じる薬品もある。ならば、竜に通じなくとも人に通じる毒があるというのは道理だろう。
草原に生えていた紫の花は、
半ば竜のジーヌに影響はなくとも、ウィルナーには多大な影響が生じる。
樹木が生えていなかったのは毒の被害を受けたのだろう。この近くの木々も、まだ枯れていないだけで内部は飛竜花の毒に侵されているに違いない。
「まさかこんな、街とそう離れていない森に生えているとはね……」
「そうか、これが……!」
自らの無知を悔やむように、ジーヌはウィルナーを背負って紫の花畑を離れる。
飛竜花の繁殖地を竜は住処とする場合が多い。幼少期、生まれたばかりのひ弱な子供を守るために、多くの竜は飛竜花を必要とするのだ。だが、帝竜メリュジーヌは生まれてすぐに毒による守りが不要となった。強靭な身と全てを焼く炎で他者を圧倒し、滅した。
故に。
飛竜花という弱者の防御機構を、言葉としては知っていても認識できていない。最強の竜は、これまで不要の花に興味を抱くことなどなかった。
だからこそジーヌは、飛竜花の群生地にウィルナーを連れてきてしまった。
「息できてるだろうな!」
背負った男に声を掛ける。身長差のある身体を完璧に支えることは難しく、少女が一歩走るごとにウィルナーの細い身体が揺れている。
「……大丈夫だ……」
「信じるぞ! 信じるからな!」
「ああ……、それと……一つ頼みがある」
「任せろ!」
細々とした声にウィルナーの弱り具合を感じ取り、ジーヌは内容を聞く前から了承の返事をする。好いた男の頼みとあらば、それも弱っているとなれば、なんだってしてやろう。それくらいの温情は、元竜の少女にも備わっている。
「看病するなら……ご飯はぼたんに任せてやってくれ……」
「お前そんなにオレの飯食うの嫌? ねえ?」
だいぶ余裕がありそうなので、ジーヌは安心した。あとちょっと泣いた。
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