第99話 沈黙の間の思考

「……………………」


 ぼたんから話を聞き終えたサイカは、口元に手を当てたまま沈黙している。


「ウィルナー、ジーヌ……バショ、オシエテクレ」

「そうだな。ぼたん、俺もできることならウィルナーさんたちの救助に協力したいとは思う。だが……」


 途中で言葉を切る。

 場所を教えられるなら、すぐにでも教えているだろう。サイカが何も言わない理由はおそらく、ウィルナーもジーヌも位置の特定が容易でないからだ。

 二週間の昏倒期間があったとはいえ、爆心地で熱を受けながら記憶や会話を平然とこなすぼたんが異常なのだ。機械人間ウィルナーを構成する部品の数々が爆心地での熱量に耐えられたかはかなり怪しいラインだろう。帝竜メリュジーヌ由来の熱耐性でパーツが保護されていたと仮定しても、機能の大半が破損していると考えた方が良い。健在ならともかく、壊れたコアの所在を辿る手段まではさすがのサイカも用意していなかったのだろう。

 ウィルナーでもそうならば、ジーヌはなおのこと探しようがない。

 だから黙っている。


「……ソウカ」

「そうだ。場所の特定は難しい」

「何勝手に私を代弁しているのかしら。問題なくできるわよ~?」


 焔の男が思わず転倒した。


「できるのか! 長く黙ったままだから、俺もぼたんもできないものと思ったぞ!」

「アクシュミ……!」


 普段なら絶対に出ない暴言が、猪の口から飛び出した。よほど切羽詰まっていることが読み取れる。「別に溜めたわけじゃないわ~」とサイカは優しく猪を撫でた。


「考えていたのよ。何を渡すべきか」

「ナニヲ……?」

「ウィルナーが置かれている状況を想定して、最低限渡すべき物は一つ確定しているわ。そして、確定の荷物以外にも渡したい物はたくさんあって~。優先度設定をしていたのね。と、いうことで……」


 がしり。

 撫でていた猪を鷲掴みにした。


「どれくらいの重量を運べるのか、検証しましょうか~」

「ヤサシクシテ……」


 ぼたんは検証実験という名の暴力行為にぷるぷる震える。


「さっき、私のことを悪趣味だとか言ったわね~?」 


 震えが激しくなった。

 サイカは屋敷の人間を呼びつけ、ぼたんを手渡す。「強度最大で」と伝えているのを聞き、猪が一筋の涙を流した。焔の男が獣の未来を思って合掌した。

 部屋には二人が残される。

 暗黒地下街の主、女帝サイカ。その忠実にして優秀な僕、焔の男。


「優先度を付けていた、か……」


 サイカの言った内容を反芻し、焔の男は後頭部で手を組んだ。


「なぁ、サイカ様。本当は何を思っていたんだ?」

「本当に優先度設定をしていたわよ~。まぁでも、他のことも考えていたけれど~」


 サイカは机を指で叩いた。


「ウィルナーは死んでいない。ジーヌちゃんもきっと死んでいない……希望的観測ではあるけれど。で、死んでないにしても、二人が死ぬような目に遭った遠因に私がいることはほとんど間違いないわけで~」

「聖街スクルヴァンと取引していたことを後悔しているのか?」

「後悔……はしてないわね~。だって、他に手は無かったもの」


 トラウィスは砂漠の地下に存在する街だ。

 緑地帯から飛んできた種が奇跡的に芽吹くことはあるだろうが、あってもその程度。雨も降らず、土に栄養もなく、せっかく花開いた命でさえもあっという間に枯れてしまう。根本的に、枯れた土地なのだ。サイカがどれだけ技術を高めても、数百人規模の街を維持しながら研究を続けるには資材が不足する。

 だから技術を売った。

 技術を売って次なる研究のための地盤を整えた。

 幸か不幸か、聖街スクルヴァンとの繋がりは元々持っていた。サイカの技術が非常に優れていることをスクルヴァンの連中は知っていた。故に取引は必然で、後悔する余地はない。


「でも、想像することはあるわねぇ。もし取引をしていなかったら……」


 きっと――

 砂漠の街は広がらなかった。

 多くの住人を受け入れることはできなかった。

 スクルヴァンで神の計画は頓挫していた。

 シドは復讐心を抱いたままに寿命で死んでいた。

 ウィルナーは野垂れ死に、ジーヌは誕生の機会さえ与えられない。

 サイカは想像する。

 トラウィスという街が発展せず、自身が女帝として君臨しなかった未来を。


「きっと、私は心から好きなものに出会えなかった。だからこそ、ここから出来ることを探すのよ~」

「サイカ様……」


 焔の男は意外だとばかりの表情を浮かべ、


「本気で好きなものがあったのか?」


 次の瞬間、天井から下りてきた耐熱処理済みの鋼鉄腕が焔の男を拘束した。身動きの取れない焔の男に注射器を持って近づく。


「無礼な子にはお仕置きよ~」

「待っ、て下さいもう少し覚悟する時間とかをアァーッ!!」

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