第61話 デートの完遂と日常の再開

 過去回想旅から半年後。

 聖街スクルヴァンを再び訪れたウィルナーとジーヌは、シドと合流していた。スクルヴァンの門番は一度目の来訪を覚えていたようで、すんなりと街に通してくれた。


「メリュジーヌの複製意識を持ってきた」

「ほっほ! 思っていたよりずいぶんと早かったのう!」


 大聖堂の一室、シドにあてがわれた部屋の中。

 老人は満面の笑みでチップを受け取る。


「取扱説明書と意識実装手順書も渡しておく。書いてある内容が理解できれば、大概の機械にメリュジーヌの意識データを組み込むことができるだろう」

「お主……神か……?」

「神ではない。神はこの街にいるのだろう」


 老人はけらけらと笑い声をあげた。


「むしろ意識だけ受け取ってどうするつもりだったんだ」

「どうするも何も、元々実装までの世話も頼むつもりじゃった。手間が省けた、助かるわい」

「このジジイ本当に人をイラつかせるの上手いよな。殺していいか?」

「せめて情報を受け取ってからにしてくれ」

「殺すなと言ってほしかったがの!」


 老人は少女の殺意を受け流す。


「まあいい。対価を渡そう。ほれ」

「おっと……!」


 シドが放り投げたメモリをキャッチする。


「地下施設で竜を解析したデータがまとめてある。不足があれば、言いに来い」

「確かめなくていいのか?」

「大丈夫じゃろ。お前さん、きっと約束は守る男じゃ。そんな気がする」

「そんな気がする、で信用していいのかよ」


 呆れ顔のジーヌ。

 確かめなくていいのか、とは一般論としてだ。間違いなくウィルナーは完成した複製意識を持参してきている。老人の信頼は正しかったことにはなるが、妙に信頼が厚いようにも感じられる。

 理由を尋ねても、老人は笑って流すだけなのだろうが。


「それで、シドさん。結局使うのはいつになる?」

「街の崩壊時期、カジュアルに訊くなァ……」

「未定じゃ」

「決まってねえのかよ! 急いだ意味!」


 終始ツッコミ役に励むジーヌを愛おしく思いながら、頭を撫でる。「なんだよ急に……」と言いながらも照れた。非常に可愛らしい。


「強固にセキュリティが掛かっておってな。というより、破れないから警戒が緩い。秘匿されとる地下施設だというのにお前たちを連れて普通に侵入できる。その緩さこそが、逆説的に帝竜へは決してアクセスできないだろうという自信の現れじゃろうて」

「ならばどうする?」

「セキュリティが緩む時はくる。なんといっても、神はメリュジーヌの死骸を制御しようとしとるんじゃからな。ゆっくりと準備を進めておくよ」


 揺り椅子に腰かけた老人が、眠るように目を閉じる。


「二人とも、ありがとうなぁ」

「ああ」

「これでわしはわしの目的を果たせるよ。お前さんたちも、自分の目的をしっかり果たすんじゃぞ」



 ×××



 ソラに用意してもらった部屋へ戻る道中、ジーヌが首を傾げていた。


「ジーヌ、何か気になることが?」

「大したことじゃねえんだけど……。本当にあのジジイって気配が薄いんだよな。前のときなんか、警戒してたのにするっと意識の隙間を抜けたっていうか……いるのが分かっても、探し切れないっていうか……。どこ隠れてるか探りづらいんだよな」

「ふむ。なんだろうな……」


 ウィルナーが考え込む。


「気配を消す動きや足運びを身につけた結果だとすれば、もしかするとシドさんは相当に強かったのかもしれないな。少し何かが違っていれば、彼が勇者と呼ばれることもあったのかもしれない」

「あのジジイがか? 面白え冗談だ」

「笑い話をしたつもりはないが」




 そして新たなデータを携え、研究者は目的を果たす為の日々を送る。帝竜の解析データは相当数を加え、これまでにも増して研究は捗ることだろう。

 定義の時が迫るように、彼の研究の完成もまた近づいている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る