第62話 帝の誕生

 場面は変わり、北方。雪原地帯。

 白銀の表皮、刃が如き鱗。細身の身体に不相応なほど巨大な翼と長い尾。自在に空中を浮遊しながら、氷の竜は口ずさむ。


「メリュジーヌ。ああ、どうしてキミはあんな姿になってしまったんだ」


 竜と竜の争いは密やかに決着した。

 世界全体を巻き込むと思われた竜同士の闘争は、あっけなく、氷刃竜の勝利で幕を閉じた。

 雷の竜は打倒され、炎の竜は地に堕ち、嵐の竜は息絶えた。自然現象を司る竜は氷刃竜ユランを除いて絶命した。自らに従わぬ同族の命は残らず刈り取った。

 新たなる帝が此処に君臨する。


「人間。人間、……人間かあ」


 帝竜ユランは思い出している。

 人間の少女のような姿をしたメリュジーヌ。外見だけではなく、精神的にも人間に変化しつつあったメリュジーヌ。暴力を至上とせず、力ではない別の判断基準を見出していた。

 その何者かと一緒にいた男。


「ウィルナーとか言ったっけ。うん、そんな奴だったな」


 氷漬けにして粉々に砕いてやったはず、だが、手応えがなかったのも事実だ。もしかしたら生きているかもしれない。さらにメリュジーヌの在り方を歪めているかもしれない。

 ああ。もう一度、もう何度でも、殺してやりたい。


「どいつもこいつも、人間っていうのは何故こうも愚かしいんだろうね」


 ユランは理解している。

 人間の愚かしさ。意地汚い欲望を。

 竜種の頂点を争う殺し合い。氷刃竜ユランと嵐の竜が戦い始めた切欠は、ユランの子供がいなくなったことに起因する。ユランは自分の子供が人間に連れ去られたことを承知していた。人間が意図的に竜同士の争いを引き起こそうとしたのだと、理解している。

 していながら、乗ってやった。

 意図を考える必要などない。自分以外の生物なんて、どうせ全員殺してやればいい。

 メリュジーヌが人間に討伐されてから、ユランの中の破壊衝動は日に日に強くなっていった。何も考えたくない、何もかも破壊してやりたい、殲滅してしまいたい。あの雪原で少女と化したメリュジーヌを見て以降は、抑えきれないほどに膨らんでいった。

 夢破れた絶望か、人間に変質したメリュジーヌへの失望か。

 それとも、嫉妬だったのかもしれない。

 整理できない感情は、衝動に置き換えられた。


「人間だけじゃない――」


 この世すべてがおかしい。

 何もかもがおかしい。

 歪んでいて、無意味で、無価値で。不条理だ。

 馬鹿馬鹿しくて、愚かしい。

 壊してしまえばいい。消え去ってしまえばいい。消し去ってしまえばいい。


「ボクは、何から壊せばいいのかな?」


 竜を統べた。生命の頂点に立った。

 すべては彼の掌の上にある。


「……ん? どうしたの?」


 氷の竜が迷っていると、叩き伏せて従えた竜の一匹がこちらを呼んでいることに気付いた。高度を下げて竜の話を聞く。


「へえ! それは本当?」


 ユランは驚きとともに聞き返す。

 報告は簡素に、端的に。

 人類の聖域、教会直下の聖街スクルヴァン。勇者の碑が残るその地下施設に、メリュジーヌの亡骸が保存されているという。死体を、保存している。メリュジーヌの死体を。

 何の為に。

 知るか。愚かしい。憎らしい。殺してやろう。殺してやる。すべて。何もかも。壊してやる。死を振り撒いて街を壊して人類を滅ぼしてやろう。

 冷静で理知的だったユランはもういない。

 傲慢で、荒々しく、癇癪に喚く。ただ圧倒的なまでの怒りで竜を統べた王。

 帝竜ユランがいる。


「じゃあ、そこから始めよう」

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