love definition
第103話 希望の配送
――コア破損による機能停止。残存部位からの発信不可。救援可能性低。
接続点の再設定完了。代替措置、自己復旧開始。――
雪原地帯を発端とした地上の大焼却から三週間。
ウィルナーは停止していなかった。
ただし生きているのかと問われた場合、判断に迷うところだろう。本質的には機械である彼の死を完全な動作停止と定義すれば、彼はまだ死んでいない。生物的には本能にあたる基本動作、彼を構成する部品のいくつかは稼働し、復旧を試みていた。
――素体不足。最低レベルまでの経過時間、予測不能。――
だが、人間として生きてもいない。思考できていないからだ。
構成部品のうち、人間性を維持するに最も大切かつ必須のパーツが思考再現回路である。ウィルナーという人間の意思、人格をトレースし、ウィルナーという人間と同等の価値を持つ応答を返す回路。機械でありながら人間でもあるウィルナーの核、あるいは脳と呼ぶべき最重要部位。
破損以上に紛失が許されない。
機械が人として生きるためのその部位を、ウィルナーは六割ほど失った。
神の頭部は彼の胴体中央に位置する思考回路基板を嚙み砕き、半分以上をその身に取り込んだ。想いが失われぬように、思考をなくさぬようにと万が一の経路を用意し改修を続けた基板だが、丸ごとそれそのものを奪われては対策のしようがない。講じた手段はあくまで傷などによるアクセス不良に対して。処理動作は代替しようがないからだ。
ウィルナーと呼ばれていた廃材は、死んではいなかったが、生きてもいなかった。
だいたい、それをウィルナーと呼んで良いものか。熱波で部分的に焼け焦げた挙句、身体を組み上げる部品はバラバラに四散した。思考回路と記憶データのバックアップこそ成されてはいるものの、ウィルナーの破片は世界中のあちらこちらに散らばっている。どれか一つをと言われれば確かに残った思考回路こそウィルナーなのだが、生物は思考のみで存在するものでもない。各地に散ったどれもが本体。真にウィルナーを再構築するならば、それら部品たちを一か所に集め直す必要がある。他者の介入がないと手の施しようがない、というのが客観的に判断した大勢の意見だろう。
――復旧作業を継続。――
だが、ウィルナーは諦めない。
思考がないのだから諦めるという行動そのものが許可されない。なので、諦めないという表現自体が誤りなのだろうけれど、少なくとも第三者はそこに彼の意思を見る。ウィルナーは決して諦めない。諦めないための仕組みを事前に構築している。そう信じられるし、そもそも、彼を救えそうな人間は彼の中身を知っている。
だから、まあ、救いの手が差し伸べられるのも時間の問題だった。
――――
――素体を検知。予定を更新。――
運ばれてくる荷物の正体を認識したとき、意思もなく思考もできないパーツは、ごく真っ当な判断として短時間の復旧を確定した。
もし心があったなら――希望の光のように見えたに違いない。
×××
「コンナバショデ、イイノカ……?」
指示に従い砂漠を抜け、焦土を歩いて早七日。計器が目標物への接近を告げてはいるが、いまだ猪の視界には何も映らない。広がるのは一面の焼野原だけだった。
本当にウィルナーがいるのか、と計器精度が心配になってきた頃、ようやくそれらしき物が見えてきた。基板は半分が砕け、なくなっている。想像以上に小さくなっていた。これが今のウィルナーかと思うと妙な征服欲がぼたんの全身を覆ったが、そういう場合ではないと頭を振った。
背負った荷物袋を置き、中身を広げる。
機械人間ウィルナーの身体が転がり出た。外見上は人間の死体。サイカはウィルナーの思考、意思を除いた肉体部分を構成してぼたんに預けていた。ここに意識を挿入すれば、ウィルナーの復活はなるだろう。
意図的に開いた腹部中央。
ぼたんは基板をくわえ、落とした。
「ウィルナー……」
問題は、どの程度元に戻るか、だった。
思考再現基板は一品物だ。回路自体の複製はできるが、内部処理の複製は不可能。メリュジーヌの複製意識よりも遥かに高精度のコピーであるウィルナーのそれを設計するにはナノメートル単位での切片化、すなわち脳の物理的な破壊が必要なのである。
上半身を神に食われたのならば、残っている思考回路はどれほどか。外部観測から複製した意識と合わせたとして、どこまで劣化を防げるか。どれほど元のウィルナーを保てるかだけが、サイカの気掛かりだった。
ウィルナーは動かない。すぐに動くものでもない。思考回路が生きていたとして、接続には多少の時間がかかる。最低でも三日は待つこと、と言いつけられていた。
ぼたんはウィルナーの隣で横になる。
すぐに眠気が襲ってくる。これまでずっと、歩いては休んでの日々だった。ようやく役目を終えた達成感と疲労感で、身体が言うことを聞かなくなっている。
「……ソウダ。ソレト……」
思い出した、とぼたんはのそのそ動き、袋の外側についたポケットから花を引っ張り出す。
その花もまたサイカから預けられた物だ。飛竜花のドライフラワー。毒性を排除し、また花の茎に極小のチップを仕込んだ研究成果。記憶データのバックアップ用途を目的としてウィルナーが作り、サイカの下で管理されていたのだが、忘れずウィルナーに渡すようにと渡してきた。
飛竜花をウィルナーの胴に乗せる。
「ヨシ。コレデ……」
ぼたんの役割は完了した。
あとは、ウィルナーが無事復旧することを願うばかり。
目覚めるのは明日だろうか。それとも明後日、三日後、それより先か。期待を胸に、ぼたんの意識は急速に沈んでいった。
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