第24話 降雪の大地
昼食の最中、変化は訪れた。
「ぶえっくしょーい! っあァ! 寒っ!」
ジーヌが美少女らしからぬ汚いくしゃみをする。焚き火を囲んで飯を食べようとするウィルナーたちの元に、冷気が吹き込んできた影響だ。
本来であれば、この世のどこにも寒い時期というものは存在しない。かつては寒い季節もあったというが、帝竜メリュジーヌがすべてを焼いてしまってからは寒さを感じる機会が失われた。冷たさも寒さもなく、いつだって世界は残り火で焼かれているような暑さに包まれている。
だというのに、少女は寒さを訴える。
ぼたんは小さな身体をさらに小さく丸めて縮こまっている。焔の男は身体から上がる炎も勢いを弱め、外見上は四肢と顔面の半分が炭化した重症患者である。
「気候変動、か……」
ウィルナーは呟く。
竜が厄災として疎まれ、人類の脅威と恐れられているという状況にはもちろん相応の理由がある。数々の伝承に語られる竜、歩く自然災害とでも呼ぶべき一部の特異な力を持つ竜たちは、その能力によって人類の文明と英知を破壊し、世界の気候までもを変えてしまうのだ。それだけの力を持っている。
現在という常識・概念を、一息にして塗り替えてしまう。
わずかにでも活動すれば世界を脅かす。
故に厄災。
故に脅威。
災禍を齎す、恐るべき生命体。
「……雪、かァ?」
寒い寒いと肌を擦っていたジーヌが、ふと気づいたように空を見上げる。彼女の視線を追ってウィルナーたちも顔を上げると、確かに白い粒が降ってきていた。
「異常気象もここまで来ると笑えてくるね」
「高らかに笑おうじゃないか! はっはっは!」
「イツモ、ワラッテルダロ……」
騒がしい男の発言とぼたんの真面目なツッコミは無視して、雪の結晶を見つめる。
ウィルナーは、竜による気候変動を実際に体験したことがなかった。故に――初めて目撃する変化に感激している。伝承に語られし物語が眼前で描かれている現実に、いたく感動している。一人と一匹の漫才にコメントを返す余裕などないのだ。
「素晴らしい……。凄いものだ、竜とは……」
「今さら気付いたのかよ……くちゅん!」
ジーヌが再度くしゃみをした。今度は美少女らしい可愛らしさだった。
「思った以上に寒そうだな、ジーヌ」
「ああ。血も凍りそうだぜ……」
震えている少女に対し、ウィルナーは一枚の布切れを差しだした。「これだけで耐えられるか!」と文句を言いながらも布を羽織ったジーヌだが、ぴたりと震えが止まった。
「……寒さを感じねえ」
「ジーヌの細胞の熱耐性を、外からの熱をシャットアウトするという形に利用した。これで寒さに関しては問題なくなるはずだ」
ウィルナーは同じ布をぼたんと焔の男にも手渡した。
焔の男は「俺には不要だ!」と受け取りを拒否し、高らかに宣言した。
「いくら外が寒かろうと、心はいつでも熱く燃えているからな!」
「物理的に燃えているだろう」とツッコミを入れそうになったが、何故か負けた気になりそうだったのでウィルナーは無言を貫いた。代わりに、手を掲げて風の吹いてくる方角を探る。
「北か」
「目的地は定まったな!」
焔の男が言った。雪纏う風は北から吹いている。全員に移動を告げ、ウィルナーは研究資材とテントの片付けを急ぐ。
「…………」
ジーヌは片づけを手伝いながら時折、空と雪を眺めている。
戦争の片割れは大地を凍り付かせる特異能力を持つ竜であるようだ。思い出すことはしなかったが、忘れもしない、それはある意味でメリュジーヌと最も因縁のある竜だった。
炎と氷。
相反する感情。
思考も、性格も、力も、何もかも逆に位置する、合わない奴。
そして、この状況においてはおそらく最も厄介な相手だ。ジーヌがメリュジーヌと等号で繋がると知った瞬間、奴はジーヌに目もくれず、ウィルナーばかりを執拗に狙うだろう。
つまり、ジーヌがウィルナーの盾となることが難しい。
盾はもう一人いるものの、焔の男にウィルナーの命を丸っと預けてしまうのは不安すぎる。
「ジーヌちゃん、もしかして俺を見ていたか? 何か用かな!」
「用なんてねえよ」
ジーヌの返答に、焔の男は「冷たいじゃないか。言葉まで凍えてしまったのかな!」などとつまらない冗談を重ねて笑っている。マジでうるせえ。
「……絶対に会わないようにしよう」
少女はなおさら決意を固くした。
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