第64話 休日の過ごし方
「一か月ほど休息期間を設けることにした」
突如としてウィルナーが言い出した。
ウィルナーの顎は盛大に腫れている。アリの群れを観察している最中に上方から突然声を掛けられたので、反射的に頭突きをお見舞いしてしまったのだ。事前連絡もなく昼間から帰ってくる方が悪い。
「サイカにも伝えてある。明日からしばらく、研究と距離を置く」
「ガキか?」
ジーヌは数日前の様子を思い出していた。子供たちは情けをかけられるほどに成長していない。下手な大人なら泣きそうなほどの𠮟責をウィルナーは浴びていた。竜の研究者は平然と子供たちの追求をかわしていたが、実際のところ密かにダメージを負っていたのかもしれない。
ウィルナーは静かに否定した。
「子供たちに酷い罵詈雑言を浴びせかけられたのはひとつの要因ではあるが、決してそれだけではない。むしろ影響としては著しいパフォーマンスの低下が大きい」
「……ふうん。パフォーマンスの低下、なァ」
ジーヌは適当な返事を返す。
「どうして機能低下、要するに集中力が落ちているのか考えたところ、君との肉体的接触機会が少なくなっているからだろうという判断に至った。故に、触れ合いを増やそうという意図の休息期間だ」
「触れ合おうってか」
「ああ。抱きつくとか、くっつくとか。そういった行動を求めている」
「そうか。お前の求めていることは把握した」
ジーヌは「よし」と頷いて、
「把握した上で、断る」
竜の少女はウィルナーの状況と、要求を理解した。だが、それで不満が解消されたわけではない。子供たちに散々罵倒されたから罪は雪がれたとも思わない。
何故なら、ジーヌは知っている。ウィルナーは、以前にもまったく同じ状況に陥っている。
研究者が飛竜花の毒にやられ、倒れた後くらいの時期。黙々と読書を進め、ジーヌが知識をつけようとしていた頃である。ウィルナーはジーヌとの触れ合いがなくなったことが切欠で、集中力を切らしていた。
ウィルナーは既にこの失敗を経験しているのだ。
もしも彼が普通の人間ならば、呆れこそすれ、二度目の失敗を強く言及することはないだろう。普通の人間は忘れるものだ。忘却しなければ生きていけないものだ。だから仕方がないと諦める。だが、ウィルナーの身体およそすべては人工物、機械部品でできている。ほとんど人間をやめているのだから、そこらへん一発で改善してほしいと思う。そういう忘却とかミスの繰り返しまで忠実に再現しなくてもいい。
「断る、だって?」
「そうだ。なんで二度も失敗したお前の要求を、オレが積極的に聞かなきゃいけねえんだよ」
口に出したらふつふつと怒りが湧いてきた。
というか、そもそも、謝られていないような気がする。以前は「どうしてくれるんだ。責任取れ」みたいなこと言われたし、今回も原因分析と解決法を提示されただけだ。ジーヌを放置して悪かった、これからはもっと構うようにする、的なことを一言も伝えられていないのではなかろうか。
「いいか! ウィルナー! お前は『ジーヌがウィルナーのことを好き』という気持ちに甘えすぎている!」
研究者を指差して、竜の少女は宣言した。
「だからオレは今後しばらく、お前の言うことを聞かない!」
「……具体的には?」
「オレから話を振らないし、頬を指で突っついたりとか背中に引っ付いたりとかベッドに潜り込んで抱きついたりとかもしない。基本的に他の人間と同じような冷たい態度をとる」
「大丈夫か? 泣きそうな顔をしているが」
「……言ってて辛くなってきた……」
「頑張れジーヌ!」と自分を励ましながら、言葉を続ける。
「お前がオレのことを好きだというのなら、オレにばかり求めるんじゃなくてお前が動け。お前がオレを喜ばせるような行動を取れ。いいか。オレの好意に甘えるな!」
「分かった」
触れ合いの減っていた期間が長すぎて、寂しささえも極限まで高まったジーヌはだいぶ拗らせていた。情緒が不安定な少女の姿にウィルナーの後悔が募る。
「では先ず、この休息期間中、君は私に対して何も行動を起こさなくていい。ひたすらに私が想いを行動に移す時間としよう」
「せいぜいやってみやがれ」
まるで決闘でも始めるかのように強烈な闘気を放つジーヌ。
対し、明日からの策略を練るウィルナー。
「コジラセ、オトメ、ダナ」
遠く、子供たちの足元でサッカーボールと化している猪がぼやいた。
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