第104話 直筆の心胸
――意識の再構築に成功。
再起動。……割込発生、特定箇所の再生を開始――
「や~、見えてるかしら~」
記憶が再生される。見覚えのない記憶が流れている、という奇妙な状態ではあったが、ウィルナーは自身の身に起きている出来事を即座に理解した。
サイカの手で作られた記憶。
彼女からのメッセージ。
「手紙を用意はしたけれど、貴方に連絡を取る手段としてこういった形も面白そうだなと思って試してみたのよ~。伝達手段はいくつあってもいいでしょうし。ま、だいたい同じことが書いてあるから、こちらを見たなら捨ててもらって構わないわぁ」
視界の中央ではサイカが自分を見つめている。直に会って話しているように、彼女の姿と声が映像として流れている。そういうふうに成形された記憶情報。
部屋の作りから、暗黒地下街トラウィス最奥、サイカの屋敷で作られたものだと判断する。
「さて。事情は聞いたわ~。コアパーツ座標の特定は容易、貴方とぼたんの合流はそう難しい話じゃない。完成品の身体を持たせてある。あの子の頑張り次第ではあるけれど、あの調子ならそう時間は掛からず貴方の下に辿り着くでしょう。ちゃんと褒めてあげなさいね~。……よって、問題はジーヌちゃんの場所探し。吹き飛んだ方角の予測も難しい」
サイカは人差し指と中指を立てた。
「ぼたんに道具を二つ渡しました。一つは聖街スクルヴァンの位置を示す方位針。もう一つは生体反応の距離と方角を返す探知機。地上の生物はほとんど焼死しているだろうから、必然的に生きているのは貴方たち……と、可能性としてはあの街の連中だけ。スクルヴァンのある方角を外しつつ、焼野原を足で調べなさいな~」
もっと有効な手立てを提案できれば良かったけれど、と彼女は寂しそうに笑った。
十分だ、とウィルナーは内心で感謝する。ぼたんの口から語られたであろう僅かな情報から、役に立ちそうな品を準備してくれただけで充分すぎる。第一、ウィルナーの復活自体がサイカの助力あっての状況だ。彼女はいつもウィルナーの信頼に応えてくれる。
だから、
「あ、それと。この記憶が再生されているなら、私はもういなくなっていることでしょう」
――――。余談のように付け足された発言で、一瞬、思考が停止した。
何でもないことのようにサイカは言った。
彼女は既に死んでいる、と。
報告は簡素だった。雪原地帯の決戦からトラウィスの街に起きていたこと。これから起きるであろう街の崩壊。その前に、ぼたんに荷物を預けて出立させたこと。街と自分がなくなる以上、以降はウィルナーの身体破損は修復が難しいこと。
そういった内容の話をつらつらと語り、そうして、
「それと、最後に。せっかくだし……本当にどうでもいいことなのだけれど、最後の挨拶くらいしておくわね~」
と言った。
「さようなら、ウィルナー。ジーヌちゃんによろしくね」
――再生完了。通常動作に復帰。――
「…………。ぼたん、いるか?」
「イルゾ」
応答はすぐ近くから。
目を開けると、猪の体毛が目に刺さった。反射的に顔を背ける。
土に塗れて硬くなった体毛は、ぼたん自身が考えていたより威力を持っていた。作られたばかりの肉体を早速傷つけてしまったらしいと気付き、猪は頭を地面に擦り付けた。
「毛が……目に……」
「スマン。……ダイジョウブ?」
「ああ、大丈夫だ……。それよりもぼたん、ありがとう。助かった」
ウィルナーは上半身を起こし、まずは謝意を伝える。
ぼたんの到着から一週間後のことだった。
辺りを見回す。自分とぼたん以外何もない荒野の只中だ。生命の気配がこれっぽっちもない。世界が焼け死んだのだと一目見た時点で分かる。酷い有様だった。
「ジョウキョウ、ハ?」
「君が置いてくれた花にサイカからのメッセージが仕込んであった。閲覧済みだ、状況は把握できている」
「ウィルナーノ、イシキトカ、セイノウトカ……」
「ああ、サイカから話は聞いたのか。確かに意識回路の半分以上を失ったのだから、意識の再現精度が劣化するかもしれないな。確認する……ふむ……」
ウィルナーは口元に手を置き、少しの間、停止した。
内部処理をチェックした後で口を開く。
「スペックの保持は出来ている、と思う。今まで考えていたこと、今まで思っていたことに齟齬はない。過去の研究も、他者の成果も、記憶されている通りに実践することはできるはずだ。だが……うん、この表現がいいだろう。発想が失せている」
それは記憶された研究過程を辿るうちに気付いたことだった。
論理的な飛躍を演算回路が拒絶する。
気付き、閃き、といった生物としてのバグに起因するような、ともすれば異常と判定されかねない突飛な発想を、意識回路が出力できなくなっている。思いつくのは順当で、真っ当で、筋道立った答えだけ。
「ツマリ……?」
「具体的には、新しい研究成果を挙げることが難しい」
「……ソレハ」
「なんということはないさ。私のことはな」
心配するようなぼたんに軽い口調で返す。
ウィルナーが最終目標と定めた研究――竜の少女ジーヌを帝竜メリュジーヌに戻すための薬品完成――はもう完了している。ウィルナー自身が過去に抱いていた未知のおよそすべては既知の事実と化した。それに、もし新たな未知が発生したとしても、どうせ彼自身の在り方が変わったわけではない。決して答えの見つからない問いに身を焦がし続けるだけなのだから。
だから、危惧したのは、自分に対してじゃない。
「…………、長話もいいが。ジーヌを探しに行こう」
「ヤスマナクテ、イイノカ?」
「休みすぎたくらいだよ」
ウィルナーは荷物袋の中身を確かめる。サイカの研究成果と思しき品々と資料、合わせてぼたん用と思われる栄養剤が入っていた。
袋の中で休んでいるよう指示し、ウィルナーはぼたんごと袋を背負う。
「ジーヌ。どうか無事でいてくれ……」
探知機を片手に、命なき地平線へと一歩を踏み出した。
ここまで荷物を運んできてくれたぼたんに感謝し。短期間で自分の身体を作り上げ、ジーヌを探すための道具まで用意してくれたサイカに感謝し。
その想いに報いるためにも、必ずジーヌを見つけなければと決意を新たに歩き出す。
はらり、と荷物袋のポケットから手紙が落ちた。
そういえば。ウィルナーは屈み、サイカからの手紙を開いた。記憶で彼女は言っていた、一応のつもりで用意したという直筆の言伝。
だいたい同じことが書いてある。
確かにその通りだった。
ぼたん到着までの経緯、持たせた荷物と研究成果の詳細、トラウィスの未来とサイカの死亡。記憶データとして見せた内容と、そこまではまったく同一。
違うのは、最後の一言だけだった。
『さようなら、ウィルナー。ジーヌちゃんによろしくね。
貴方たち二人のことが、何よりも好きでした』
――そんな、精一杯の告白文。
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