第79話 終わりの始まり

 旅は終わり、舞台は戻って暗黒地下街トラウィス。


「おかえりなさい~って、あら!」


 街の最奥、屋敷の自室でそんな声を掛ける女帝。あるいは街の支配者ことサイカ。

 彼女は旅から戻ってきた二人の雰囲気の変化を敏感に感じ取り、指摘する。


「なんとな~く距離が近いわね~。もしかして結ばれたの~?」

「…………」

「…………」

「ねえどうして何も言わないのかしら。冗談のつもりだったのに本当に私のいないところでマジに固い絆を紡いでしまったの? ねえ嘘でしょう、嘘だと言いなさいウィルナー。あなたたちこちらがじれったくなるくらい関係性進まなかったじゃないどうしていきなりにも程があるでしょう? いや送り出したのは私なのだけれどもそういう話じゃなくて、まあいいわそれを言うよりも分かったからちょっと街中どこでもいいから絆の深め合いをもう一回再現してくれないかしら? いいのよ、大丈夫、録画はさせてもらうけれど私しか見ないし他の誰にも決して見せないから安心して取り組んでちょうだい」

「ウィルナー、こいつ怖えぞ」

「私もここまで押しの強いサイカは初めて見る」

「いいから。早く」


 ただでさえ苦手な人間からの圧にジーヌが辟易としていると、ウィルナーが「私がなんとかする」とばかりに手を繋いだ。指を絡めたいわゆる恋人繋ぎだったので、サイカは心を射抜かれて卒倒した。


「もういいわ。ありがとう。私の負けよ」

「勝負を始めた記憶はないが……」

「いいのよ~。私が一人で戦っていただけだから……」

「一人で何と戦ってたんだよ」


 二人の突っ込みを無視し、サイカは穏やかな表情で起き上がる。


「それはそうとして、貴方が旅行を楽しんでいる間に研究施設は改良しておいたわ~。大抵の実証実験とか状況要求には対応できるわよぉ~」

「助かる」

「休憩期間の研究は進んだ?」

「いや、進みは悪かった。やはり整った環境に慣れると旅先では難しいな」


 とはいえ進捗がなかった理由は、環境だけの問題ではないのだが。

「ふぅん?」と含みのある笑みを浮かべるサイカ。彼女の視線から逃れるように部屋の扉を眺め、そういえばと指を立てる。


「一つ。頼みたいことがある」

「何かしら~?」

「今から私はメリュジーヌとの約束を果たす。研究の区切りまで籠ろうと思うのだが……その間、私の状態を確認できる部屋を用意することは可能か?」

「もちろんですとも~。ジーヌちゃんは了承済み?」

「帰り道で聞いた」


 ジーヌは頷きを返す。


「旅を通して、感情と認識の区切りを付けてきた。研究もそうするために籠って集中したいというのなら自由にすればいい。二人きりの時間をひと月も設けたしな……その間、充分に尽くしてもらったし。我慢は効く。ただ一応、室内で生きていることは確認させてくれと条件を出した」


 そして今、部屋の用意をサイカに依頼した。ジーヌの条件は満たされた。


「ならいいわ。いつから始める?」

「今からだ。検証段階には来ている、おそらく二か月ほどあれば完成まで行きつくだろう」

「あら、意外と急ねぇ」

「そもそも最終段階だ。これ以上先延ばしにする必要もない」

「……いいでしょう。部屋の改修を指示するから少し待ちなさいな~」


 通信機で連絡を取り始めたサイカを見守る。

 ジーヌが「次に会うのは二か月先かァ」とぼやいた。


「帰り道で話していたから分かっちゃいたつもりだが、やっぱり少し寂しいな」

「寂しい気持ちは私も感じている。だが、早急に研究を完成させた方が良い、というのは私たちの総意だ」

「……そうだな。その通り」

「あらまぁ、仲良しね~。何かあったの?」


 あっという間に手配を終えたらしいサイカが口を挟んでくる。


そうだ」


 静寂。

 旅から帰るとき、ジーヌが何度も話していた。

 拠点にしていた川辺だけではない。ウィルナーとジーヌが二人旅の最中に通った道すがら、どのような場所でも生命の気配が薄かった。世界が静まり返り、襲い来る死から逃れようと息を潜めている感覚。力の発露が行われる予兆。争乱の先触れ。


「戦争の気配、ねぇ。こちらには情報が来てないけれど~」

「オレの直感を疑う気か?」

「そんなつもりはないわよ~。きっとジーヌちゃんが正しいのでしょう」


 ジーヌのそれは、たとえば以前は竜と竜の争いに先駆けて感じ取られた。ただしもはや竜同士の争いは発生しない。炎は潰え、嵐は止み、雷は消えた。頂点には氷の竜ユランが君臨するのみであり、竜種の間で争いは起こり得ないはずだ。


「けれど……、何を感じ取ったのかしらね~」

「そうだ。私とジーヌも、そう考え……思いついた」


 ならば何が起きる予兆を感じ取っているのか。

 帝竜の力を引き継いだジーヌが脅威と感じる争いは、何と何の間で生じるものなのか。

 ウィルナーは手を口元に当て、街の名を呟く。


「聖街スクルヴァン」

「――――……!」


 サイカの言葉に、ウィルナーとジーヌが同意した。

 聖なる街スクルヴァン。その地下に存在していた聖体――メリュジーヌの亡骸。秘匿されながらも神の半身と崇められた死骸。街で出会った老人シドに、メリュジーヌの意識データは渡してある。あの時呟いていた神の計画とやらの詳細は不明だが、どちらにしてもいつか亡骸は動き出す。

 スクルヴァンが破滅し、聖体も肉と崩れ去る。

 シドが目指すのはここだろう。

 けれど、万が一に氷刃竜ユランが聖体のことを知り、スクルヴァンに襲撃を掛けるようなことがあれば――竜と竜の争いが実現する可能性は低確率ながらある。そして、ジーヌの直感はその推測が現実であることをまざまざと突きつけている。


「備えがあるに越したことはない」

「……そうねぇ。準備はしておきましょうか~」




 聖なる街に潜む闇を思いながら、しかし彼らが未だ直接干渉することはない。代わりに、粛々と準備だけを進めている。

 何があっても目的を果たせるよう。

 約束を守れるよう。

 彼らに出来る限りのことを、精一杯に。
















 二か月後。

 吉報と凶報は、同時にやってきた。


 吉報は当然、研究の完成。ウィルナーは薬品を完成させた。実際にジーヌへの投薬は行っていないが、実験動物に対して非常に有意な効果を確認した。竜の少女ジーヌに投薬すれば、メリュジーヌの力を取り戻すことが叶うだろう。

「だが、これは……」と呟くウィルナーは、ふと一日前にサイカから届いていた電報に気付く。記載されていた内容は単純明快、一文だけ。

 ユランがスクルヴァンを襲撃した。




 物語はゆっくりと、しかし確実に、終局へ向かっている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る