第7話 初めての料理
「料理をしようと思う」
ジーヌの発言に、ウィルナーは硬直した。あまりに衝撃的な発言だったので、思考回路が停止したのだ。きっかり三十秒後に動作を再開したウィルナーは「正気か?」と少女に尋ねた。
「正気だ。オレは料理をする」
ウィルナーは幾度となく料理の手伝いを依頼し、その度に断られてきた。もはや断られるのが習慣化していたので「どうせ一生料理を担当するのは自分だ」と確信していた。料理を手伝わないかと提案しながらも、とうに諦めていたのである。
だというのに、自分から料理をすると言ってくるとは。
それはもう、フリーズの一つや二つしてもおかしくはない。
「それで、私は何をすればいい?」
「うん。まずは何をすればいいかを教えてくれ」
ジーヌは言った。
いつも私がやっているように、と思わず口にしそうになって、かろうじて止める。その『いつも』が分からなくて尋ねているのだから、教え方としては不適切だ。料理に興味がなく、これまで料理をまったくしてこなかった少女からすれば、最終的な完成品を作り出すためにはどういった用意と手順が必要なのかが一切何も分からないのは当然だ。
ウィルナーは手洗い、のち食材と道具の用意を指示する。
料理といっても、ウィルナーの作る食事は非常にシンプルだ。通常、食べやすい大きさに切った肉や草に火を通すだけ。串焼きにすることもあれば鉄板で炒めることもあるが、極論、食材と火があればどうにかなる。
「用意したぞ」
「じゃあ、食べやすい大きさに切って」
「食べやすい大きさ……」と少女は悩み始めた。ウィルナーは反省する。食べやすい大きさ、確かに曖昧な表現だ。食べやすさというものは主観に依る。ジーヌの食べやすい大きさとウィルナーの食べやすい大きさが同じかどうかは分からない。だから悩んでしまう。
初心者には主観に依存しない、再現可能な大きさを指定すべきである。
「ジーヌ。私が悪かった。この石を上から見た大きさと同じになるよう切ってほしい」
「分かった!」
「大きさが違っても問題ない。同じくらいを意識するだけでいい」
ジーヌは食材をご自慢の爪で切り裂いた。曲芸のような早業だった。
「次は」
「火を焚いて、鉄板が熱くなったら食材を並べるんだ」
「任せろ」
指に傷をつけて、流した血を薪に擦り付ける。少女が息を吹きかけると薪が着火し、激しく燃え始めた。鉄板をその上に乗せて、温まるまで少々待機。
待機中は二人並んで焚き火を見守る。
風で火が揺れるのと同期するように、少女の尻尾も右へ左へ揺れていた。
鉄板が温まったのでぶつ切りにした食材を並べる。肉の焼ける音と香ばしい香りが辺りに広がった。
「ひっくり返しながら、焼き色が付くのを待つ。……これくらいでいいかな」
「次!」
「調味料だ。この粉を掛ける」
科学の産物こと茶色の粉末を振りかける。特定の薬草、薬物を調合することで味付けが可能となる物質を作ることができる。色合いを良くする着色用物質も作る気になれば作ることはできるが、ウィルナーは食事の見た目にこだわらないので今のところ用意はない。
「そして!」
「完成だ。食べようか」
焼きあがった肉にがっつきながら「オレもできるんだぜ!」と満足な少女。簡単だということさえ理解できてしまえば、そのうちジーヌ一人に料理を任せられるようになるだろう。
「しかし、どういう風の吹き回しだい? 自分から料理を作ろうとするなんて」
「うるせぇな。そういう気分だったんだよ」
気まぐれ、ということもあるのか、とウィルナーはそれ以上に追及せず、食事を進めた。
帝竜メリュジーヌの逸話を思い出す。メリュジーヌは基本的に暴威を振るう悪魔として語られているが、いくつかの記録によると稀に街を救うこともあったという。竜全体の性質としてそうなのか、帝竜に限定された特性なのかについては今後の課題として検証する必要があるだろう。
と、いったようなことをウィルナーは考えているが。
「そういう気分だったんだ……」
実情はまったく異なる。
ジーヌが料理を作ろうとしている理由は二つ。
一つは、ミニ猪に提供する食事の量である。ミニ猪はめちゃくちゃ飯を食う。小さいくせに、身体の体積が三倍くらいになっているのではないかと、ジーヌでさえちょっと心配になるレベルで飯を食う。まるで空気がパンパンに詰まった風船のよう、突いたら割れそうだ。それでいて飯を食いまくる影響から胃袋が膨らんでいるらしく、日に日に食事量が増えている。
ジーヌとしては、ウィルナーが猪に割く時間を極力減らしたい。猪専用の飯が一人前、あるいはそれ以上に必要となると、ジーヌは自分とウィルナーの時間をクソ猪に奪われたような気がしてイラつくのだ。
もう一つは単純で、もう少し頑張っておこうかなと思った。
別に猪をライバル視するつもりはまったくないのだが、もちろんジーヌは自分がウィルナーの一番(の研究対象)であることを分かっているのだが、それはそれ、猪じゃなくてジーヌの方がずっとずっと可愛いし役立つし愛しいといつまでも思ってほしいので、料理を始めもう少しウィルナーを手伝ってやろうかなと思ったのだ。別に猪をライバル視するつもりは本当にこれっぽっちもない。
「だから、勘違いするんじゃねえぞ」
「何をだ?」
「何でもだよ馬鹿!」
ウィルナーは「気まぐれでキレることもあるのか」と納得した様子で頷いた。
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