第68話 魅了の舞台
トラウィスで旅行資金稼ぎに励むジーヌとウィルナー。
次なる依頼者は楽団の長を名乗る男だった。
「このオレに踊れ、だァ……?」
「ええ。その通りでございます」
「いいぜ!」
随分と丸くなったものだ。ウィルナーはジーヌの頭を撫でた。
「なんだよ急に……」
「撫でたくなったんだ」
「ほほ。仲のよろしいことで」
男は自身の口元にたくわえた白髭に触れる。
楽団長の依頼は定期公演の協力。具体的な内容は、楽団の演奏と合わせる形でジーヌにダンサーをしてほしい、というものだった。
「……ジーヌさんの麗しさを住人たちは残らず承知しております。街に楽しみを提供する我が楽団としましては、是非とも公演を盛り上げていただきたいと思い依頼を出したのです」
「踊って盛り上げろってのは分かった。で、公演はいつだ?」
「今日です」
「……今日の、何時?」
「あと一刻もすれば始まりますね」
「そうか、楽団長了解した。ジーヌ、今すぐ向かうぞ」
「ウィルナーお前、自分が登壇しねえからってどうでも良くなってるだろ?」
「いやそんなことはないむしろ楽しそうだと思っている」と早口で主張する研究者を殴り飛ばし、竜の少女は楽団長に向き直った。
「予行演習をする時間くらいねえのか?」
「ないですね」
「おいテメエ。余裕って言葉知ってるか」
「一応、私共としては事前に予定をお伝えしていたはずですが……」
ジーヌは研究者を睨みつけた。倒れ伏していた研究者が立ち上がる。
「忘れていたわけではない」
「じゃあ何だ?」
「追い詰められたときの行動が見たかった。恥ずかしがることはあっても、君はなかなか焦らないからね。他の依頼をこなして時間を使い、ギリギリのタイミングで合流するよう計画した」
「より悪ィわ!」
再び殴り倒した。今度は頭が丸ごと地面に埋まった。
「とりあえず会場に行った方がいいのではないだろうか」
「チッ……! 後で覚えてろよ研究馬鹿が!」
「では、こちらです。ご案内致します」
ジーヌと楽団長の足音が遠ざかっていく。会場には無事着けそうだ。あとは遠くから腕でも組んで愛しの少女の活躍を見守っていればいいだろう。
頭を引き抜こうと両腕に力を込める。
ぐっ。
「…………」
もう一度、力を入れる。全力と気合を注入する。ぐぐっ。
「……………………」
ウィルナーは地面に頭を埋めた状態で腕を組んだ。
「抜けんな」
一方。楽団の定期公演会場。
竜の少女はステージ脇で出番を待っていた。布の切れ端を繋ぎ合わせた普段着から恰好を変え、ふりふりの付いたお洒落な衣装を身に纏っている。
演奏に合わせて踊れと指示されたところで、どんな曲が演奏されるかさえ分かっていない。ざっくりと概要を聞いているが、それだけだ。
楽団長曰く、トラウィスでは多くの住人たちがストレスを抱えている。サイカという女帝に命ぜられるまま、命令次第で命さえも投げ打たなくてはいけない環境に過度の精神的負荷を感じている。それを解消、軽減させるのが楽団の役割だ。故に曲はリラクゼーション効果を持つものか、もしくはストレス発散効果のある皆で騒ぐようなものかの二択。今回は前者寄りの演奏になるという。
暴力性を封じつつ美しさを見せつけるように舞う。ジーヌは、今依頼における自身の役割をそのように決めた。
「……よし。ああ、やってやるよ」
竜の少女がステージ端から登場すると会場の一部から歓声が聞こえた。舞台の中央まで移動し、ピタリと動きを止める。少女の停止を合図に、直後、演奏が始まった。
少女は自らに枷を掛けた。日常的ににじみ出てしまうはずの暴力性を抑え込み、ただ、舞った。
会場は――
見惚れた。
破壊衝動という本能を排除しながらも、少女のダンスに竜の特性は遺憾なく発揮された。万物に対しての適応力。ジーヌの身体は初めて聞く演奏にも見事適応し、熟練の演者であるかのように楽団の物語を彩った。楽団の演奏は至上であり、ジーヌは美の象徴だった。
公演を見に来ていた者たちは、呆と口を開いて竜の少女を見つめていた。日頃の何もかもを忘却し、無垢な子供であるかのように。トラウィスの街に潜む不安、不満、不平の数々など、これっぽっちも存在しないかのように。
一時間にも及ぶ演奏は、熱も冷めやらぬうちに幕を閉じた。
…………。
依頼報酬を受け取って家に戻る、その道中。
ウィルナーがいまだ地面に頭を突き刺していた。どうやら自力での脱出を諦めたらしく、完全に沈黙している。
「まだ刺さってたんだな。見に来れなかったってことか。自業自得だな!」
「ジーヌか」
「抜いてやろうか?」
「そうしてくれると非常に助かる」
「条件がある」
「何でも飲もう」
「…………。お前の前でもう一度踊る。だからお前の感想を聞かせてくれ」
「曲はどうする?」
「お前が奏でろ」
竜の少女は、観衆からの大歓声を受けた。多少の満足感は得たが、それでもジーヌは足りなかった。ウィルナーからの言葉が。ウィルナーからの賞賛がない。
公演を通して再認識できた。
他の誰でもない、ウィルナーでなければ満足できないことを。
「……ああ。もちろんだ」
ウィルナーは微笑みを返した。
なお余談であるが、機械人間らしく正確にリズムを刻もうとするウィルナーが聞いた音源のリズムずれをいちいち指摘するので演奏がまったく行えず、最終的にジーヌがキレて不貞寝した。今後も二人きりのダンス披露がなされる機会は永遠に訪れないだろう。
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