第16話 争いの予兆

 部屋に辿り着く頃には、ジーヌの感情が「絶対に殺してやる」という殺意から「死にたくなるほど辛い目に遭わせるが殺しはしない」という質の悪い敵意に変化しており、敵意をぶつける予定のサイカはもちろんどこにもいなかった。

 サイカの住まいごと街まで消し飛ばしそうな勢いのジーヌであったが、焔の男が少女のストレスをすべて引き受けると挙手したのでそちらにぶつけてもらうこととする。彼は炎に耐性が出来ているようなので、ジーヌの炎を受けても死ぬことはない。はずだ。

 二人を別室に送り、ウィルナーはぼたんを引き連れてサイカの部屋を探ることにした。

 机や戸棚をひっくり返すと多数のメモ書きが見つかった。暗号らしき文字列を読み解き、解答となる床を探ると、そこには巧妙に隠された扉があった。床の扉を開けて見つかった地下倉庫からは、ウィルナーに対して残した資料が山になって出てきた。

 屋敷を全焼させられる可能性は最初から考慮していたらしい。そこまでしてジーヌに薬物を盛る価値ははたしてあったのだろうか。成果が残せたのならば良いが。


「資材の手配書と……サイカの研究資料もまとめてくれているな。ありがたい」

「ウィルナー。アノオンナ……」

「何だぼたん」


 短い四足と胴体で器用に資料を持ち運びながら、ぼたんは尋ねる。


「ドウシテ、ナカヨクスル?」

「そうか。不思議に思えるのか」


 不思議に思うだろう、とウィルナーは頷いた。

 きっと、サイカに会うのが初めてだから、というだけが理由ではない。サイカは性格や性質に難がありすぎる。会うことで得られる得と損のバランスが取れていないのだ。ウィルナーとジーヌ、ぼたんの三人を合わせて考えれば、間違いなく損の方が多い。人間は損得勘定だけで動くものではないと言ったところで、しかし毎回損をするようでは付き合い方を考えるはずだ。普通ならば。

 だが、ウィルナーとサイカの付き合いは、普通ではないのだ。

 ウィルナーは何度だってこの街を訪れなければいけない。彼女の知識と研究意欲、不定期に提供してもらう資材はウィルナーにとってほとんど必須と言っていい。それに、ウィルナーの命を救った恩人でもある。

 簡単な話だ。


「そうする必要が絶対にあるから、仲良くしているのさ」


 だからウィルナーは彼女の要求に応じるのだ。

 今回預かった資料も、資材も、研究継続の糧となる。

 そして情報も。

 ウィルナーはサイカの机から手紙を発見した。封を開け、読む。


「……へえ、これは」

「イイコトカ?」


 ぼたんが尋ねる。

 サイカからの手紙にはこう記されていた。

『竜たちの間で何かを準備しているような動きが確認された。近々、複数の竜による争いが発生する可能性が高い。死骸からサンプルを採る機会も生じるだろう』

 竜たちの争いと聞いて喜ぶ人間はほとんどいない。一匹で生態系を破壊するほどの脅威同士が戦えば、どれだけの規模に被害が及ぶかは想像に易い。小さな街のいくつかが滅びる。大地の多くを占める焦土がその領域を広げ、人はさらに絶滅へと追いやられることになる。悲しみ、嘆くならともかく、喜ぶというのは非人間と蔑まれてもおかしくない。

 しかし、残念なことに。あるいは幸いなことに。 


「……ああ、良いことだね。少なくとも、私にとっては」


 ウィルナーは、喜ぶ類の人間なのである。





 ひとしきり部屋漁りを終え、ジーヌを迎えに行く。

 別室の扉を開けると、満面の笑みでウィルナーを出迎える竜の少女がいた。


「おいウィルナー! こいつ旅に連れていこうぜ! 燃やしても死なねえ! 暴力無限に振るえる!」

「いやいや。私はサンドバッグではないぞ!」

「騒がしくなりそうだから却下だ」

「アツイ……クルシイ……」

「あん? 文句か焼肉」

「ヤキニクデハ、ナイ……」

「肉ではあるね」

「はっはっは! 仲が良くて何よりだな、君たち!」




 そうして二人と一匹は、焔の男に別れを告げて街を離れた。

 特別な出会いは一区切りとなり、日常が再開する。

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