アレの条件。

「ンッ、ンッ、ンッ……ぷはぁっ」


 コップに注がれた水を一気に煽る。暑さと緊張で乾いた喉を通り、冷たい感覚が胃に収まるの分かる。そして後から柑橘系の香りが鼻を抜けていった。テーブル上に視線を落とすと封筒が一枚置いてある。中身はさっきギルドで貰った一万ドロップだ。


「い、良いのかな。コレ貰っちゃって……」


 換金所の用心棒。所謂『黒服』の人達がやって来て私の胸ぐらを掴み、『このアマ! 舐めたマネしやがって!』と、言われるのではないかと思うと、一旦は収束に向かっていた心臓の鼓動が再び早まって胃が痛くなる。


「元はうん……」


 言い掛けて口を噤んだ。ここは食事をするお店で、周りを見ればお昼時で結構な賑わいをみせている。そんな場所でアノ言葉を発すれば、誰も彼もが口の中のモノを一斉に吹き出して、それは見事な放物線を描いてしまうだろう。流石にそんな迷惑を掛ける訳にはいかない。黙ったままで頼んだ食事を胃に詰め込み、三百ドロップを払って店を出る。


「まさか、明日も……?」


 嫌な予感を覚えつつ、借りているアパートへと戻った。




 翌朝。差し込んだ朝の光で目が覚めた。ムクリと起き上がり、足を床に下ろすとギシリと床板が鳴く。


「はあ……」


 引き寄せた枕をギュッと抱き締めて、ため息を吐いた。これから行う事を思うだけで気が滅入る。鉱物と割り切ってしまえば良いのだろうけど、出て来る場所が場所だけにそうもいかないんだよなぁ……


「何か対策を考えないと……」


 枕を放り投げて立ち上がり、どうしたものかと思いつつ個室へと向かう。ドアを開けると、良く手入れが成された白磁の器が、涼し気な雰囲気を醸し出して私を迎えた。


 意を決して下着をズルリと引き下ろす。器に腰掛けると、ヒヤリとした感触が伝わった。私はソッと目を閉じて瞑想状態に入る。ほぼ同時に、ソレがゆっくりと顔を出し始めた。痛みは感じられない。硬くも無い様だ。ここまでは昨日と同じ。しかし、昨日とは違って立ち上る独特な香りが鼻を擽った。


「え……?」


 驚いて隙間から覗き込み、独特な香りに思わず仰け反る。鼻を塞いで再び覗き見ると、器の中には普通に見慣れたモノが盛られていた。


「今日は普通の!?」


 突いてみなくても分かる。粘土質で鮮やかな茶に彩られたソレは、多分柔らかい。思わず仰け反る程に鼻を擽る香りはまさにアレ。もう、何がなんだか分からなくなってしまった。


「変なモノでも食べたのかな……」


 ここは異世界だ。どんな食材が料理に使われているのか全く分からない。日本で良く見掛ける『私達が作りました』。なんて表記は何処にも無いのだ。きっと日本人のお腹に合わなかったのだろう。と、そう思う事にして、我が子アレを水で押し流した。




 それから三日。私の日常は平常運転に戻っていた。産まれ出でるのは普通のヤツで、アレが産まれた原因を知ろうとも思わないし、確かめようとも思わない。日々の生活の為のバイトも足取り軽く熟していった。しかし一週間目。アレと再び相まみえた。


「また!?」


 白銀しろがねに輝きを放ち、白磁の器に盛り付けられたソレは、『そうですが、何か?』と言わんばかりに堂々としていた。


「なんで……?」


 この一週間、普通に過ごしてきた。食事もマーケットで購入した物を調理して食べていた。鉱物なんて買った覚えもないし、そもそも食べられる訳がない。なのに、コレである。換金ギルド『ポーン』に、再び持ち込んで鑑定して貰った結果は矢張り銀。しかも良質とまで言われてしまった。


「お持ちになられた鉱物は、一体どちらから入手されるのですか?」


 冒険者でも何でも無い。タダの一般市民が、二度も同じ物を売りに来たのが余程胡散臭かったのだろう。受付嬢はソレの入手ルートを再度聞いてきた。ソレ、実はアレなんです。と正直に言えば、アレをしっかりと両手で持っている受付嬢は、思わず放り投げる事だろう。投げた先は私の頭か足に落ちるか、はたまた誰かにぶち当たる。言えない。こんな大勢の前でソレは私のアレです。なんて、恥ずかしくて言えない。


「魔物が落としたのですか?」


 へ? 魔物? そうだ、魔物が落とした事にすれば良いんだ。それならば納得して貰える筈だ。


「そ、そうなのよ。極稀に落とすヤツが居て──」

「そんな魔物が居るなんて聞いた事がありませんよ」

「……」


 クッ! コイツめ私を引っ掛けたな!? 私をジトッと見つめる受付嬢の目は、紛う事無き疑いの眼差し。何処からか盗んで来たとでも思われているのだろう。不味いな……。こんなに大勢のお客で賑わうお店の中で、ソレは私のアレです。なんて言った日にゃぁ、私は別の街に引っ越さなきゃならなくなる。だから口が裂けても言う訳にはいかない。どうにかして逃げられないか? と、必死になって考えた。

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