勝負の行方。
「こちらが当家の宝。ヤパンブレードで御座います」
フォワールが持ち出してきたお宝は、正に日本刀と呼ばれている物だった。それにあまり関心を示さなかったマリアさんが、バサリッと孔雀羽の扇子を開いて扇いだ。
「ただのヤパンブレードなら誰にでも買えるわ」
「いえいえ、これがただのヤパンブレードでは無い事は分かるものが見れば分かるという物で御座います」
「それって私が無能者だと仰っているのかしら?」
先程の意趣返しのつもりなのだろう。フォワールの言葉に過剰反応するマリアさん。
「そんなつもりは毛頭御座いません。ささ、皆様もっとお近くでご覧になって下さいませ」
フォワールの言葉に壁際に居た大貴族達がヤパンブレードに群がる。そしてその事に一番に気付いたのは、意外にもタドガーだった。
「ホゥ、これは魔銀を刃に使ったのですか」
「流石はヘミニス様。一目でお気づきになられましたか」
「何ですって?!」
関心なさげのマリアさんが目の色を変えて、フォワールのお宝を見ている最中、私はその謎の素材をリリーカさんに聞いた。
「魔銀って何?」
「魔銀とは、魔力を蓄える事が出来る素材ですわ。魔銀を用いて作られた剣を『魔法剣』と言い、魔術を一つだけその身に宿す事が出来ますの」
「魔術を?!」
「はい。大昔は良く採れたらしいですが、今はその産出量も減っていると聞き及んでいます」
その素材を使って刀をひと振り作らせたのにも驚いたが、魔術を宿らせる武器というのが存在する事にも驚いた。
「如何でしょう? 稀少な素材をふんだんに使い、一級鍛治師の手により至高の一振りへと昇華した、他に類を見ないヤパンブレードで御座います」
肩口に手を添え、深々と礼をしつつも横目で私達を見つめてその口を笑みに変えるフォワール。お前達にはこれ以上のものは出せまい。そんな笑みだ。
「中々に美しい刃紋じゃな。流石一級師だけあるわい」
「ふーん」
冠十位のマクシム爺ちゃんも大絶賛。しかし、エリシア王女は興味が無さそうにしていた。十一歳の少女が刀にご執心なのも問題だが、そうじゃなかったのは幸いだ。
「さ、それじゃ。次はリブラね」
「畏まりました王女殿下」
背後の扉のそばで控える執事に目配せをし、手の平を僅かに上げて合図をする。執事はコクリ。と頷くと、私達のお宝を乗せたワゴンをフォワールのお宝の隣へと並べる。
「おや、随分と貧相そうなお宝ですなアシュフォード殿」
親父の影に隠れてプッと吹き出しているヨルヴ。それらを無視して真っ直ぐにエリシア王女を見る。
「王女殿下。これは我が家に代々伝わりし家宝で御座います。本来、門外不出である品ですが、愛する者の為に急ぎ取り寄せました。どうぞご照覧下さいませ」
箱に被せてある布を取り払う。中に収められた宝石が光に当たって煌き、意匠を凝らした透かし彫りを浮き立たせる。流石は二百五十万だけあるな。価格に恥じない役割を担ってくれている。その美しさにフォワール以外の冠位を持つ人達は大絶賛だ。だが、一人だけ表情を変えずにそれを見つめる者が居た。その人物とは、フォワールと裏取引をしていると思しき男。タドガーだ。
「アシュフォード殿。その箱を開けてみても良いだろうか?」
「勿論で御座います。ヘミニス様」
冠三位からの要請とあらば断る訳にもいかない。別に箱を取り除いたら困るという訳でもないので箱を持ち上げる。
「ああ、成る程。その宝石が光を反射していた訳ですか」
「左様で御座いますヘミニス様。これこそが我が家宝。ブラッディルビーにて御座います」
「ブラッディ……その名の通りに血の様に赤い宝石ですか」
顎に指の腹を当て、マジマジと宝石を見つめるタドガー。その宝石がアレなだけに、変な臭いでも付いていたらどうしよう。とか思ってしまう。
「これは大変に素晴らしい物ですね」
「……え?」
思い掛けないタドガーの台詞に、思わず声が漏れ出る。コイツ、フォワールとグルじゃなかったのか!?
「へ、ヘミニス様。い、今何と?」
「何をそんなに驚いているサヒタリオ。素晴らしい品だから素晴らしいと言って何が悪いのかね?」
「う……さ、差し出がましい真似をして申し訳御座いませんヘミニス様」
フォワールは深々とお辞儀をするが、チラ見すらもする事なくタドガーの興味は宝石へと向けられていた。
「ところでアシュフォード卿」
「は、何で御座いましょうヘミニス様」
「これは何方で手に入れられた物ですかな?」
「……え?」
ど、何処で手に入れたかだって!? えっと、どうしよう。古い家宝だから……
「な、なにぶん古くから代々受け継がれてきた為に、その文献すらも残ってはおりません」
こ、これでどうだ。
「そうですか。……確か貴公は西方の出身でしたな?」
「は、はい。左様で御座います」
「何を考えておる? ヘミニスの」
宝石を見つめたままで何やら考えているタドガーに、十位のマクシムお爺ちゃんが訪ねた。
「いえね、錬金術学的に大変興味深い一品でして、欠片でも。と思っただけですよ」
「その欠片を手に入れる為に、土地をさらうつもりじゃな」
「いやいや、流石にそこまではしませんよ」
はっはっは。と軽い笑いを飛ばしているタドガーだが、その目は笑ってない。ヤルつもりだ。この男。
「さ、みんな。どっちが価値の高いお宝か決まったら、その前に立って頂戴」
いよいよリリーカさんの運命が決まる。審査員としてこの場に招かれた貴族達が動き出す。ある人は早く終わらせたいが為に、ある人はフォワールを睨み付けながら、ある人はやれやれといった風で。
一歩、また一歩と踏み出す毎に、否が応にも緊張が高まってゆく。そして、背後の扉が勢い良く開かれる。その大きな音に、緊張の極地にあったリリーカさんが過剰反応を示した。
入ってきたのは、肌が浅黒く焼けた女性。セミロングの黒髪に燃える様な赤い瞳を持ち、ドレスではなく軽装の鎧を身に纏い、大剣を背負う。鍛え抜かれた筋肉を惜しみもなく見せつける、ガチムチな女性だ。
「第四位のメアリー=カルキノス=バラン様ですわ」
「このお方が四位の方……」
「悪い、遅れちまった──って、何だこの集まりは?」
室内には王女を含めて十一人もの王族貴族(一人はエセ貴族だが)が居る。その内の四人は王女の前に立ち、残りは置かれたワゴンを囲っているというその状況に、奇異の視線を向けるのは当然といえる。
「丁度良かった。メアリーはどっちのお宝が価値の高い品物と思う?」
「価値が高いお宝?」
ワゴンの間に進み出たメアリーさんは、二つのお宝を交互に見つめ、そのうちの片方を手に取った。
「へえ、良い刀じゃないか」
「はい。有難う御座いますカルキノス様」
右手を肩口に添えて一礼し、私達に向けてニヤけるフォワール。その顔は勝利を確信した様な笑みだ。だが次の瞬間、その笑みが凍り付いた。
「煉獄の城──」
「……え?」
「赤き炎纏しもの。我が意に従い──」
「おっ、お待ち下さいカルキノス様っ!」
「──その力を宿せ」
メアリーさんの術が発動する。魔銀を素材に使った
「ふむ……」
「なっ、なっ……」
刀をシゲシゲと眺めるメアリーさん。その持ち主であるフォワールはその場に座り込んでしまっている。
「な、何をなさるのですかカルキノス様っ!」
「何を? 決まっているだろう。武具は使ってこそ真の価値が出るもんだ。飾ってただ眺めるなんざ愚の骨頂。それにオマエ、相変わらず目利きの才能が無いな。質が悪過ぎだぞ」
質が悪い。何故そんな事が分かるのかと疑問が過ったが、手にしている刀がそれを証明していた。波紋が刻まれた美しい刀は、徐々に刀としての形を失っていった。そして、空いている手で背中の大剣を抜き放つ。
「これが本当の魔銀で出来た剣だ」
先ほどと同じ術を大剣に対して掛ける。瞬く間に赤く輝く大剣。刀に掛けた時よりも段違いの速さで魔力を宿した。そして、軽い拍手の音が室内に響いた。
「いやぁ、いいもん見させて貰ったわ。ところでメアリー、それちょーだい?」
「ダメです」
祈る様に胸元で手を組み、目を輝かせながら言ったエリシア王女の懇願にメアリーさんはピシャリと言い放った。言われた王女は頬を膨らませて拗ねた。
「なんだいいじゃない少しくらい……」
頂戴に少しも何もないんだけど!?
「ダメったらダメです。これがあるからこそ、今回も無事で済んだのですから」
「むー……ま、いいわ。それで、メアリーはどっちにするの?」
術の効果を打ち消した大剣を背に仕舞い、その手で迷う事なく指差した。
「こっちだ」
「そ、みんなはどう?」
室内に居る貴族達が、次々と指を差してゆく。そして、ガタリッと勢いよく立ち上がったエリシア王女が高らかに宣言した。
「リブラ争奪両家お宝対決っ! 勝者は、リブラっ!」
フォワールはガックリと膝をついて四つん這いになり、リリーカさんも腰を抜かした様にその場に座り込んだ。
「リリーカ、大丈夫?」
「あり……がとう。ござい……ます」
途切れ途切れ、涙ながらに礼をするリリーカさんの姿に、私も思わずもらい涙。
「にしても、なんだこの石は? 見た事もない石だぞ。一体誰が持ち込んだんだ?」
「それは私めの家宝にて御座いますカルキノス様」
「お前は……?」
「お初にお目に掛かりますカルキノス様。私はカーン=アシュフォード。リリーカ=リブラ=ユーリウス様の婚約者に御座います」
「婚約者……? 女なのにか?」
女の姿でも会った事は無い筈だ。だが、ひと目で看破され、驚きを隠すことすら忘れて目玉が飛び出そうなくらい見開いていた。
「めっ、メアリーっ!」
慌てて席を立ち、大きな声を出したエリシア王女。場に居る皆の視線が王女へと向けられる。
「何だよ姫サン。そんなデカイ声を出さなくても聞こえてるって」
「こっ、今回も活躍して来たんでしょ? 美味しいお菓子を食べながらでも話を聞かせてくれないかなぁ」
美味しいお菓子と聞いて真っ先に反応を示したのは六位のミネルヴァさんだ。本当に食い意地が張っている。
「ふっ、二人はもういいわ。下がって頂戴」
「おっ、お待ち下さい王女殿下っ! これは一体どういう──」
「黙りなさい」
「──っ!」
うっわ。
「負けた以上は約定に従って貰うわよ。いいわね? サヒタリオ」
「……はい」
「それじゃ今日はもうお開き。解散っ!」
エリシア王女がパンッと手を叩く。室内に居た貴族達はやれやれといった風で広間を出て行った。
「参りましょう。カーン様」
「あ、ああ。そうだね」
宝石を箱に戻して持ち出し、広間を退出する。その間、フォワールの視線が突き刺さっている様な感じを受けていた。
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