祭りの終わり。

 ウォルハイマーさんに案内され、私達はウソ発見機『大法螺おおぼら見抜く君三世』が安置されている部屋へと通された。


「わあっ……こ、これがそうなんですか?」


 急にトーンが下がるルリさん。彼女の気持ちも分からなくはない。何しろ、見た目はタダのコールベルにしか見えないから。


「試しに何か嘘をついてみて下さい」

「嘘……ウソ……うそ。あっ」


 何かを思い付いたルリさんは手の平をポンと合わせた。


「私はカナさんを抱く気はありません」


 何を思い付いたかと思えば、とんでもない事を口にしたルリさん。しかも鳴りやがったし。


「おお……」

「おお……じゃないっ! なんてセリフを口走ってるのよっ」

「良いじゃない、いずれはそうなるんだし」

「ならないわっ!」

「お、お姉様……」


 ほらっ、リリーカさんが引いているじゃないか。


「その時はわたくしも……い、いえ。何でもありません」


 あるだろ? 大いにあったよね?


「全く、私達女同士でしょ? ヤるなら異性とシなさいよ」

「何言ってんのよ。女同士が一番安全なのよ?」


 アンタの方こそ何言ってんだ!?


「ね、アクラブ様もそう思いません? カナさんは魅力的な女性だって」

「あ、いえ。私には妻がおりますので」


 ウォルハイマーさんが言った直後にその悲劇は起こる。鳴ったのだ、チーン。と。その音に彼は硬直した。まあ、魅力的と言われて悪い気はしないけどさ。


「フレッド様……」

「あ。い、いや。ここここれは違うのです」


 チーン。違くない、と?


「いいいや、そうではなくてですね」


 チーン。そうなんだ。


「……」


 とうとう黙ってしまったウォルハイマーさん。リリーカさんのウォルハイマーさんを見つめる眼差しが、以前とは違っている様な気がした。言い繕えば言い繕う程に自身を追い詰めていく。悪魔の様に恐ろしい機械である。



 気不味い雰囲気になった所で、後日使わせて貰う事を約束して、私達は冒険者ギルドへと向かっていた。


「んー、中々良い物見させて貰ったわぁ」


 満足げな表情で大きく伸びをするルリさん。その胸部が大きく前へと突き出され、道行く人の視線を集めていた。


「ルリさんが振った所為でウォルハイマーさんが可哀想でしたけど」

「クールなイケメンが慌てふためく姿も良かったわよ」


 あれ振ったのワザとか!?


「そして、リリーカちゃんが見る目が変わっていったのも面白かった」


 鬼畜だなアンタ!


「そんな事はありませんわルリ姉様。お姉様が魅力的なのは分かっていた事ですから」


 あの親にしてこの子あり、か。恥ずかしい事を面と向かって堂々と言うよな。


「それで? これからどうするの?」

「まずはギルドで真偽の確認をする為の日程を伝えてもらいます。一応、三日後と考えてますけどどう思います?」

「良い判断だと思うわ。三日も経てば祭り後のゴタゴタも落ち着きをみせるだろうしね」

「お祭りが終わったらルリ姉様は何方かに行かれるのですか?」

「ええ。商隊キャラバンの護衛を受けているからね。東のエリュトロスに行く予定よ。本当はカナさんにも来て欲しかったんだけど……」

「えっ」


 チラリと流し目をするルリさんに、リリーカさんは驚きの声を上げる。


「お、お姉様旅に出てしまうのですか?」

「出ない出ない」


 目を潤ませて寂しそうな顔をされたら行きたくても行ける訳がない。ま、行かないけど。


「まだ諦めてなかったんですね」

「そりゃそうよ。カナさんみたいな『逸材』をこのままにしておくには惜しいわ」


 彼女は殊更『逸材』を強調したが、内訳はタダのトイレ要員だ。そうと言われてひょこひょこと付いて行く筈がない。


「有難いお話ですけど、お断りさせて下さい」

「そう? 残念だわぁ。水晶が輝く洞窟とか古代の地下都市なんて場所もあるわよ。あとは、プライベートビーチにある海底神殿や巨大な滝が流れ落ちる虹の国もあるんだけどなぁ……」


 うぐっ! そそるワードが盛り沢山。だけどトイレ要員っ!


「ルリ姉様っ、それ詳しくっ!」


 リリーカさんが食い付いたっ!


「ま、それはまた今度ね。それより、急がないと始まっちゃうわよ」

「あ、そうでした」

「始まるって何がです?」

「祭りの締めとして、王様と冠十二位の貴族様が中層の城壁の上で演説をするのよ」

「へぇ、そうなんだ」

「はい。お父様ももうお出掛けされている筈ですわ」

「オジサマの貴族姿……」


 オジサマが貴族衣装を着ているお姿は是非とも見ておきたい。


「それじゃ、早く冒険者ギルドに行って伝えてこなきゃ」

「う、うん。カナさんがあのマスターに入れ込んでいるのは分かったから、よだれくらい拭こうよ」


 オジサマの凛々しい貴族姿の妄想をじゅるりと拭き取り、ルリさんリリーカさんと共に冒険者ギルドへと向かった。



 陽も暮れに差し掛かり、冒険者ギルドは益々の賑わいをみせていた。というより乱痴気騒ぎに近い状態になっている。ギルド側も警戒してガードを配置しているくらいだ。


「あ、アユザワさん。交渉の方は如何でしたか?」


 ギルドの受付嬢に親指を立ててサインを送る。送られた受付嬢は笑顔のままで頭にはてなマークを浮かべている様子だった。


「何ですかコレ?」

「あーごめん。バッチリ問題無しって意味なんだ」

「そうなんですね」


 つい元の世界の癖でやってしまった。たまに通用しないのがもどかしい。


「それでですね、飼い主さん達には三日後に警備隊本部に来て欲しいとお伝え願いたいんですが」

「はい。ええっと、三日後に警備隊本部へ……と。時間は朝で良いですか?」

「そうですね。それでお願いします」

「分かりました。お伝えしておきます。飼い主さん、見つかると良いですね」

「そうですね」


 受付嬢に連絡をお願いをしてギルドから出ようとした所でルリさんに呼び止められた。


「私はここで失礼するわ」

「え……まだ宜しいではありませんか?」

「そうよ。オジサマの凛々しい姿を見に行こうよ」

「マスターはともかく、明日は早いからね。護衛が居眠りしている訳にもいかないでしょ?」


 それもそうか。


「それじゃあねリリーカちゃん。あなたに会えて楽しかったわ」

「こちらこそ。今度お会いした時には、是非お話を聞かせて下さいまし」

「ん。良いわよ。……カナさんとは二度目の別れの挨拶ね」

「そうですね。お気を付けて」

「ん。今度見つけた時は絶対にパーティに誘うからね」


 ばちこん。とウィンクをかますルリさん。だから、行きませんって。


「じゃあね」

「はい。ルリ姉様もお元気で」

「またね」


 そうしてお互いに手を振り合い、そして互いに背を向けた。


「さて、まだ時間もある事だしどうしようか?」

「あの……実は行ってみたい場所があるのですが」

「うんいいよ。じゃあそこへ行こう」

「はい」


 向日葵の様な笑顔を見せたリリーカさんと手を繋ぎ、人でごった返す大通りを歩き出した。



 キュアノス中層へと続く城壁の上に八人の人影が現れる。正装と思しき衣服を身に纏い、凛々しく表情を引き締める。その中で頭に宝冠を頂く人物が一歩進み出た。


「皆の者っ! 此度の祭りによく集まってくれたっ!」


 話した言葉が背後からも山彦の様に聞こえてくる。どうやら王様の声は街全体に届く様になっているようだ。魔術か何かの効果なのだろう。


「こうして宴を開く事が出来たのも、全ては皆の者の頑張りがあったからに他ならない。我、オドリック=アリエス=ティアリムは皆に感謝したい。故にっ、日をまたぐまで僅かだが、今より全ての飲食物を我等冠十二位が持つっ! 共に豊穣の女神に感謝を込め、祭最後の夜を過ごそうではないかっ!」


 街全体が爆発した様な盛り上がりをみせる。タダで飲み食い出来るとあって、近場の屋台やお店に雪崩れ込む姿があちらこちらにみられた。


 ただ気になったのは、『冠十二位が持つ』という発言の直後に『ちょ、お父様?!』とかいう、エリシア王女の慌てた声が聞こえた事から、あのオッサンはまた予定にない独断サプライズをやらかしたのだろう。


「お祭りも終わりか……」

「はい。お疲れ様でしたお姉様」

「リリーカさんもお疲れ様。色々あったけど、丸く収まって良かったね」

「はい。しかし、お姉様には多大なご負担をお掛けしてしまい、大変申し訳なく思っています」

「負担なんてとんでもない。大切な親友を魔の手から救えたんだから、あれくらい負担でも何でもないわ」

「しかし、おねえさ──」


 尚も納得してくれないリリーカさんの唇を人差し指で押さえる。


「これ以上言うのなら、あの宝石を返して貰うからね」

「あっ、アレだけはダメです。だってアレはお姉様とわたくしの婚姻の証なのですからっ」


 私とじゃなくてカーン君とのでしょ?


「お姉様。わたくしはこれからもずっとお姉様の事をお慕い申し上げておりますわ」


 なんだか誤った方向に進みつつあるリリーカさん。今はソッとしておこうと思いつつ、凛々しいオジサマの身姿に魅入っていた。

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