真偽の確認法。
冒険者ギルドの受付嬢に部屋へと案内された私達。三人掛けのソファーに腰掛けて落ち着くと、ルリさんは持っていた杖を、少し日に焼けた太腿の間に突き立てて目を閉じた。
「悠久の空。温和なる風
ルリさんが術を唱える。杖の先端から薄い
「オーケー。これで外に声が漏れる事は無いわ」
「遮音魔術……ルリお姉様は黒魔術士でしたのね」
「リリーカさんと同じよね」
リリーカさんも何度か魔法を使っているのを見た事がある。
「いえ、
「え……そうなの?」
「はい。
うん。正直違いが分からない。
「でも、同じ『魔法』でしょ?」
「前にも言ったけど、言葉にすれば一緒でも細分化すると違うのよ」
「はい。精霊の力を引き出す。という点では同じですが、精霊魔法は精霊と契約を交わさないと使えない。というリスクが生じます」
「黒魔術はそのリスク無しで精霊の力を引き出す事が出来るわ」
「それだと、黒魔術の方が楽に使えるんじゃない?」
ルリさんは人差し指を立て、チッチッチ。と舌打ちしながら指を左右に動かす。
「ところが、世の中そう上手くは出来てないんだな」
「はい。精霊魔法は精霊の力を全て引き出せますが、黒魔術はその三分の一くらいの力しか出せないのです」
「無理矢理使っている弊害よね」
なるほど。友達には全力で応えるが、赤の他人には適当に力を貸す。という訳か。
「……あの、皆さん」
魔法について色々と教えて貰っていると、受付嬢が口を挟んだ。
「今はその様な魔術の講義をしている場合では無いと思いますが……」
「「「あ……」」」
そうだった。飼い主を名乗る五人の事を話し合う為に来たんだった。
「……こ、こほん。話を元に戻すと、飼い主と主張する輩が五人。だったわね?」
「その通りです」
受付嬢の頷きに、ルリさんは腕を組んで天井を見上げて考え込む。
「なら、こうする以外に方法はないわ」
「飼い主を判別する秘策が有るのですかルリ姉様」
「私が飼う」
「何でやねん」
真剣な表情で出したルリさんの答えに、私は無意識に突っ込んでいた──
出した依頼に対して、飼い主を名乗り出た五名の人。誰が本当の飼い主なのか? それを判別する為の案を絞り出そうと、四人の女が一つの部屋で呻いていた。
「各人に特徴を聞くというのは如何でしょうか?」
「似顔絵出しちゃってるからねぇ。もっともらしい事並べ立てられちゃったら私達にも判別つけられないんじゃない?」
「そうですね……」
シュンと項垂れるリリーカさん。
「あ、大法螺見抜く君三世」
真偽を見抜くにはどうしたら良いのかと考えていた時に、マリーさんと私を殺し、言い逃れをしようとしたローザを完膚なきまでに追い詰める事が出来た、あのコールベルが思い浮かんだ。
「なにそれっ!?」
それにガッチリと喰い付いたルリさん。その顔の近さに、慌てて身を引く私をリリーカさんが見ていた。
「いや、あのね」
「ダメですわお姉様」
「え、ダメ?」
「当たり前です。アレを飼い主探しに使うなど以ての外ですわ」
「え。ちょ、ちょっと何の話し──」
「そ、そこを何とかならない?」
「なりませんわ。一般市民であるお姉様が何故アレを知っているのかは存じませんが、アレは王国が管理してる魔道具。私事に使うなど許されません」
「ちょ、何な──」
「そこを何とか。リリーカさんから頼んで貰えないかな?」
「例えお姉様のお願いでも聞ける事と聞けない事が──」
「だから何の話よっ!」
ダンッとテーブルに手を付いて立ち上がるルリさん。その鼻息は非常に荒い。
「あんたら、私だけ除け者にしないでよっ」
「す、すみませんルリ姉様。事は国家機密に属する事ですので安易にお話しする事が──」
「大法螺見抜く君。発言者のウソを見抜く魔道具よ」
リリーカさんの言葉を遮って簡単にその性能を伝える。リリーカさんは私をキッと睨み付け、ルリさんは落ち着いたのか椅子に座る。
「なんだ。噂は本当だったのね」
あれ、意外に驚いてないっ?!
「う、噂ですかルリ姉様」
「ええ、虚偽を看破する魔道具があるって話はあちこちで聞くわね」
全然国家機密になってないっ! でも考えてみればそうか。魔道具を使われた人間が全員死罪な訳がないし、牢から出れば受けた本人から漏れるわな。
「でも、現物を見た事は無いから、大いに興味があるわね。ね、リリーカちゃん。私からもお願い出来ない?」
「ルリ姉様でもダメですわ」
「じゃあ、私とカナさんを好きにして、い・い・か・ら」
何故か私も巻き込まれてる?!
「す、好きに……ですか?」
そして決意が揺らいでいるっ。興味津々かっ!?
「ねえ、リリーカさん。頼んで貰えないかな?」
「そうまで仰るのなら、お姉様がお飼いになれば宜しいではありませんか」
それはごもっともで御座います。
「それは最終手段ね。ウォルハイマーさんがダメって言ったら飼い主が現れるまで責任持って飼うし、毎日ギルドに通って『にぃ』ちゃんの捜索依頼がないか確認するわ。とにかく、『にぃ』ちゃんをこのままにしておいたら可愛そうでしょ?」
あのもふもふとして愛らしい容姿の『にぃ』ちゃんを前面に押し出して、同情票を得る!
「考えてみて、あの愛らしい『にぃ』ちゃんが、悪意に満ちた人の手に渡ったらどんな扱いを受けるか……」
「そうね。少なくとも他の連中は転売目的が濃厚。この辺では見ない珍しい獣だから高値で売れるわね」
ルリさんナイスフォローだ。
「……分かりました。ですが、頼んでみるだけですよ。それ以上は何もしません」
「うん。それでいいよ。リリーカさん」
「はい。なんでしょうか?」
「大好き」
「へっ?!」
ニッコリと微笑んで言った言葉に、リリーカさんは顔を真っ赤にさせて視線を右右へ左へと忙しなく動かしていた。
「ところで前から気になっていたんだけど、何で『にぃ』ちゃんなの?」
「え。だって、『にぃ』って鳴くから」
「「…………」」
一瞬、静まり返る室内。
「安直ね」
やかましいわっ。
「ペットの名前なんて、普通は鳴き声とか特徴とか好きな人の名前を付けるもんでしょ?」
「好きな人の名前、ですか?」
「そうよ。ルリさんなら絶対カーリィとか付けそう」
「ちょっと待って、なんでアイツが出てくんのよ」
「え。だってルリさんカーリィさんの事が──」
「わーっわーっ!」
大声を上げ、両の手を大きく動かすルリさん。もうね、その行動で気がある事はバレバレなんですよ。
「べ、別にアイツの事なんかなんとも思ってないんだからねっ。か、勘違いしないでよねっ!」
頬を染めてソッポ向くルリさんに、コイツ。こんなに可愛い生き物だったか? と思っていた。
「で、ではお話も纏まった様ですし、私は飼い主さん候補にお伝えする準備を整えておきますね」
言って部屋を出て行った受付嬢。それ程時を経ずして慌てた様子でドアを開ける。
「慌ててどうかされたんですか?」
「たっ、大変ですっ。六人目の飼い主が現れましたっ!」
なんてこったい。
「と、取り敢えず依頼は下げておいた方が良いわね」
「そ、そうですね」
受付嬢に依頼を取り下げる様にお願いをし、私達はウォルハイマーさんが居る警備隊本部へと向かった。
門を守る衛兵さんにウォルハイマーさんに会いたい事を伝えて暫し、韓流ドラマでよく見る模様が付いた甲冑をガチャつかせてやって来る二十代後半の優男。冠八位のフレッド=アクラブ=ウォルハイマーさんだ。
「おお、なかなかイイ男じゃない」
「奥様がいらっしゃいますよ」
「一晩くらいなら問題ないわ」
いや、その考えは大問題ですがな。
「ご機嫌麗しゅう御座いますリブラ様」
「お忙しい所申し訳ありませんフレッド様」
「なんの、リブラ様からの召喚とあらばこのフレッド、いつでも馳せ参じましょう」
ガチャリと音を立てて、手の平を胸元に添えて軽い会釈をするウォルハイマーさん。
「して、そちらのご婦人方は……おや?」
「お久し振りですアクラブ様。あの時は本当にお世話になりました」
『女の姿』で彼に会うのは、事件に巻き込まれた時以来になる。だから久し振り。と言ったのだが、表情が緩んだ所を見るとバレバレらしい。
「まあ、お久し振りです。と、言っておきましょう。そして……」
「お初にお目に掛かります。私はルリ=ブランシェ。冒険者です」
ウォルハイマーさんと同じ様に手の平を胸元に添え、お辞儀をするルリさんにウォルハイマーさんは微笑み頷いた。
「至急の用という事ですが、一体何事でございましょう」
「はい、実はですね。カナお姉様が、『大法螺見抜く君三世』を使わせて貰えないかと」
「アユザワ様が? それはまたどの様な理由で……?」
「はい。実はですね……」
私が『にぃ』ちゃんの飼い主探しをしている事を伝えると、ウォルハイマーさんは成る程。と納得をした。
「迷子の稀少な獣と六人の飼い主ですか……」
「今回だけで良いので、お貸し願えませんでしょうか?」
「しかし、アレは国家機密に属する魔具ですからね。貸し与える事は難しいかと」
「ダメ、ですか……」
アレさえあればどんなウソも見破れるのに。
「お貸しする事は出来ませんが、ここで使う分には問題ないですよ」
「え!? 良いんですか?!」
「ええ。ただし、この私も同席させて頂く。という事が条件になりますが」
「は、はい。それで構いません」
「宜しいのですか? フレッド様」
「はい。持ち出されない限り問題はありませんし、なによりリブラ様のお願いを無下に出来ません」
「あのぅ……」
リリーカさんとの会話にルリさんが口を挟んだ。
「その実物を見せて頂いても宜しいでしょうか?」
「実物をですか……ま、良いでしょう」
「やった。有難う御座いますっ」
噂のウソ発見機を見れるとあって、大喜びのルリさん。ウォルハイマーさんの案内でソレが置かれている部屋へと向かった。
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