第199話

 おばさまが不審に思った話とは、タドガーが『にぃちゃん』に一切興味を持っていなかった事。言われてみれば確かにそうだ。滅多にお目に掛かる事の無い、町が買える程の価値がある希少動物に目もくれず、あの鉱物にだけ異常な程の執着心をみせている。


「考えれば考える程、分からなくなりますわね……」

「もしかしたらそれが狙いなのかもね。今頃私達が頭を悩ませている姿を想像して、『嗚呼、イイですねぇっ!』とか言ってのたうち回っているのかも」


 私のタドガーのモノマネしている姿を見て、リリーカさんはクスッ。と笑う。


「確かにそれはありそうですわね。それにしてもお姉様、良く似ておいでですわ」


 褒めても何も出ないぞ。やった後でやらなきゃ良かったと後悔したくらい、寒気が走ったから。


「でもお母様、『にぃちゃん』には興味を示しませんでしたが、お姉様がお持ちになられた鉱物には異様ともいえる関心を持っておいでの様です。錬金術学的に非常に興味がある、と」

「ああ、あのフォワールを負かした鉱石の事ね。……となると、ヤツの狙いはソレなのかもしれないわね」


 あの鉱石『ブラッディルビー』は現在、マリエッタ王女が持っている筈だ。王女自身もタドガーの事を嫌っている様だから彼の手に渡る事は無い。王女から強引に奪取する様な暴挙には至らないだろう。ならば手っ取り早く手に入れるには、持ち込んだ人物に聞くしかない。そしてヤツは、私がカーン=アシュフォードだと知っている。だとしたら――


「まさか……タドガーの狙いは――」


 ――狙いは私。ソコに辿り着いた瞬間戦慄が身体を突き抜けた。小さな小さな箱に押し込めていた恐怖が、溢れ出して止まらない。顔は強張り身体は震え、温かい筈の店内もブリザードが吹き荒れる極寒の地の様に思えた。


「お姉様、どうかなされたのですか?!」

「また……また、なの……?」

「また?」

「いやっ、もう嫌よ。なんで……なんで私だけがこんな目に合わなきゃいけないのっ?!」

「慈悲深き至高神よ。この者の精神を落ち着かせ、平常なる心を取り戻し下さい」


 淡い光が身を包み込む。同時に、溢れていた恐怖が元の箱へと戻っていくのを感じていた。


「大丈夫? カナちゃん」

「は……はい。有難う御座います」

「カナちゃん。一体何をされたの?」


 胸元をグッと強く掴む。


「私は…………一度死んだんです」


 磯臭い。湿気が充満する地下牢で、獣油が灯す明かりを煌めかせ、幾度となく振り下ろされた刃。聞いた二人は驚愕の表情を浮かべていた――

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