第200話

「なんて酷い事を……」


 リリーカさんは口元に両手を添え、その目には涙を浮かべていた。そしておばさまは――


「辛い思いをしたのね……」


 温かく、ぽよん。とした、肉付きの良い身体で私を優しく抱いてくれた。


「おばさま私……この街を離れます」


 タドガーの狙いが私ならば、彼の手の届かない何処か遠くでひっそりと暮らしていくほかない。


「それはあまりにも危険過ぎるわ」

「じゃあどうしろって言うんですか?!」


 囚われ、閉じ込められて、死して逃げる事も叶わない。いずれは鉱物の秘密も露見してしまう。そうなったら……


「落ち着いて。街から離れたらそれこそタドガーの思うツボよ。今はまだこの街に居た方が安全だわ」

「安全……ですか……?」

「そうですわお姉様。お姉様の身に何かあれば、わたくし達がお助け出来ますもの」


 胸元に手の平を添え、私を見つめるリリーカさんの瞳に、確固たる強い意志が宿っているのを感じた。嬉しくて、頼もしくて、そして何も出来ずただ流されるだけの自分の不甲斐なさに、涙が込み上げる。


「有難う……御座います」

「礼など不要ですわお姉様」

「そうよ。カナちゃんはもう、私達の家族みたいなものですからね」


 優しく微笑む二人に、込み上げた涙が零れ落ちた。




「それにしても不味いわね。カナちゃんの秘密を知る者が他に居たなんて……」

「お母様。もし、タドガーがその人物の事を知ったのなら、恐らく……」

「ええ、確実に聞きに行くでしょうね。カナちゃん、その人って今は牢に居るのね?」

「フレッド様が連行してそれきりですので、多分牢屋に」


 私自身、もう二度と顔を見たくもない相手だから、その後どうなったかは分からないし知りたくもない。


「そう……。出来ればヤツにバレる前に、記憶の消去をしたい所だけど……」


 記憶の消去……? 前に言った忘却の術の事……?


「獄中ともなれば、流石に手出しは出来ませんわ。お母様」

「そうなのよねぇ……オマケに牢内じゃ魔法は使えないから……」


 おばさまの話では、牢内は特殊な結界が施されていて、魔力が霧散されるのだという。それもそうか、魔法使いなら誰でも脱獄可能になっちゃうもんね。




 ガラランッ。来客を示すドアベルが鳴る。お店は『closed』の札を掛けてある為、お客さんではない。ドアを開けたのはオジサマだった。


「お帰りなさいませ、お父様」

「アラ、随分お疲れの様ね」


 おばさまの言う通り、疲労困憊。とまではいかなくても、疲れの影が見える。渡されたコップの水を飲み干すと、もう一杯。とばかりにカウンターに置いた。


「十二位会議は終わった」

「それで、次の九位はどなたですの?」

「それは――」


 オジサマから齎された情報は、私達に衝撃を与えるのに十分過ぎる内容だった。

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