おもちゃの団長。
ポケットから取り出したネックレスをテーブルの上に置くと、それをひと目見たルリさんが驚きの表情で立ち上がる。
「あっ、アンタこれっ!」
その言い様から、ルリさんがこのネックレスの事を知っている事が分かる。おばさまも知らないこのネックレスの正体がついに明らかに!? リリーカさんの助けになるかも。と、私の期待も高まってゆく。
「すっごく綺麗ね。何処で見つけたの?」
コケた。派手にズッコケた。
「ちょっと、大丈夫?」
「え、ええまあ。という事はルリさんも知らないんですか?」
「『も』って事は私以外にも見せたの?」
「ええ。鑑定機で鑑定して貰ったんですが、鑑定出来ない品物らしくて……」
「ふーん……」
ネックレスを手に取ってしげしげと眺めるルリさん。
「召喚石か封魔石じゃないかって話で、冒険者のルリさんならこれの正体が分かるかなって思いまして……」
「それで私を探していたのね」
「はい。そうです」
本当は『にぃ』ちゃんのついでだったんだけど、宿屋探しでここまで難航するとは思っていなかった。
「うーん……微力な波動は感じられるけど、アナタが言う様な石じゃないわよコレ」
「えっ? 召喚石や封魔石じゃないんですか?!」
「そうなのよ。なのに魔力を含んでいる石なんて私は見た事も聞いた事も無いわ。鑑定して貰ったって話だけど、何処でやって貰ったの?」
「え? 港の通商ギルド『アルカイック』ですけど?」
「じゃあ問題ないか」
「問題ある場合ってあるんですか?」
「まあねぇ」
あの機械も結構値が張るらしく、特に小さな村の鑑定所では故障しても修理をせずに放置状態なのだそうだ。
「まぁそんな訳で、折角頼ってくれたのに力になれなくてゴメンね」
「いえそんな。持ち掛けたのはコチラですから」
「お詫びに、パーティーに誘ってあげるわ」
転んでもただでは起きない人だな。
「祭りは明日までだから、そろそろ決意は固まったんじゃないかな?」
「祭りが終わったら皆さん他の街に行くんですか?」
「ええ、私達にとって稼ぎ時だからね」
祭りが終われば他所からやって来た商人達が帰り、その売り上げや荷を狙って盗賊達も活気付く。川沿いから来たのなら船で安全に移動出来るが、中には陸路を使ってやって来た商人も居て、護衛の為に冒険者を雇うのだという。
魔物相手ならまだなんとかなるかもしれない。だけど人を殺める。という行為自体が私には出来そうにない。
「すみませんが、お断りします」
「そ、分かった。これ以上はもう何も言わないわ」
「すみません」
「何を謝ってるのよ。無理に誘っているのはコッチなんだから、そんなに畏まらなくても良いのよ?」
日本人気質ってヤツでして。
「ところで、どうして私なのか聞いてもいいですか?」
「どうして、とは?」
「だって、戦い慣れた女性の冒険者なら幾らでも居るじゃないですか。どうして戦いも出来ない私なんですか?」
「うーん。なんていうか……ほっとけない?」
私そんなにほっとけないオーラ出してんの?!
「カナさんって妙な雰囲気を纏ってるのよねぇ。マナでも無いし、戦気でも無い。何か特別な雰囲気。それがダダ漏れしてるから」
出てたよオーラ。しかもダダ漏れって。
「カナさんこれからサーカスに行くんだよね?」
「ええ、『にぃ』ちゃんの事を尋ねようと思ってます」
「じゃあ、そろそろ公演も終わる頃か」
エッと窓の外を見ると、夕焼けの紅の空が目に付いた。ネックレスを見て貰うだけが、ついつい話し込んでいたらしい。ルリさんは立ち上がって手を差し出した。
「暫く会えなくなるけど、元気でね」
「はい。ルリさんもご壮健で」
差し出された手を取り、ガッチリと握手を交わす。
「次に立ち寄った時にまた誘うわね」
ルリさんのウィンクと共に繋いだ手の平が離れる。私は慌ててカゴを拾い上げてドアへと向かった。
「じゃ、またね」
「はい」
抱いている『にぃ』ちゃんの小さな前足をフリフリさせながら笑顔で見送るルリさん。それに笑顔で応えてドアノブに手を掛け、そして振り向く。
「……ルリさん」
「ん? ああ、忘れ物よ」
はい。と差し出した『にぃ』ちゃんをカゴに戻す。なにが忘れ物か。王女といいこの人といい、手癖悪いの多過ぎだろ。
十五日続いたお祭りも残りは明日一日のみ。それだけの間、よくもまあ騒ぎ通せたモノだ。こっちの世界の人々のタフさに驚きを隠せない。私なら三日。いや、二日でダウンしているだろう。
サーカス一座の場所は、周辺の建物よりも高い天幕の天辺が教えてくれる。人混みの中、カゴの中の『にぃ』ちゃんを庇いながら広場へと向かうと、その広場は人でごった返していたのがウソのように閑散としていた。片付け中のチケット売りの売り子さんに、申し訳ないと思いつつも声を掛ける。
「あの、ちょっといいですか?」
「え、あ。申し訳御座いません。本日の公演は現在行っているので最後となります」
天幕の中からワッと歓声が届く。それに負けないくらいによく通った、柔らかい声で売り子さんは話を続ける。
「明日最終日は九時より行いますので、またのお越しをお待ち申し上げております」
「あ、いえ。チケットじゃなくて、お聞きしたい事があって来たんです」
「あ、はい。なんで御座いましょう?」
「この子なんですけど」
カゴを開いて中を売り子に見せる。売り子が覗き込んだタイミングで『にぃ』ちゃんがにぃ。と鳴いた。
「実はこの子の飼い主を探してまして、こちらの団員さんで飼ってた方っていらしゃいませんか?」
言うと売り子さん達は互いに顔を見合わせた。
「あー、えっと……団長に相談して参りますので、お待ち下さい」
「あ、はい。お願いします」
その売り子さんはもう一人の売り子さんに片付けを頼むと、天幕の中に入って行った。
売り子さんが天幕の中へ消えて暫し、本日最後の公演を見終えたお客さん達が天幕から吐き出された頃にその売り子さんは戻って来た。
「団長がお会いになるそうですので、ご案内致します」
「すみません。忙しい所有難う御座います」
案内されたのは天幕の北側にある駐車場と言うべき場所。そこには屋根が付いた馬車が多く停められており、公演を終えたキャスト達が安堵の表情で談笑し、リラックスする姿は中々にお目に掛かれないから新鮮だ。その中でも一際大きく外装がゴージャスな馬車に案内された。
「すぐに団長が参りますので、お掛けになってお待ち下さい」
「はい。有難う御座います」
バタリと扉が閉められて車内には私一人きり。元の世界でもお目に掛かった事もないサーカス団の団長の私室に、視線を一定に保っていられる訳がない。
ほんの少し視線を動かすだけで色々な物が視界に入る。喜怒哀楽の表情をしたピエロのお面。先端から造花が生えている杖。下敷きよりも大きなトランプ。そして何故か半裸の団長像。
その他熊の木彫りや魚の剥製など、何故か観光地の土産物ぽい物まで置いてある。サーカスというよりはマジックショーの楽屋に近い。
「コレなんかモロマジックショーのヤツよね」
酒樽の上に置かれていた、レオタード美女が中に入り、剣を突き刺した後で各部位を色々と動かす箱のミニチュアを手に取る。そして目が合った。持ち上げた箱の下の樽の隙間から、私をジッと見つめる瞳と視線がかち合った。
「ひっ?!」
私の驚きに満足したのだろう。その目を細めると、今度は酒樽全体がガタガタと動き出す。
まず、酒樽の両サイドからジャキン。と、効果音がしそうな勢いで腕が生え、そして底からジャキン。と脚が生える。最後に頭がポンッと生えて、樽団長の完成だ。まるで超合金のおもちゃみたいだ。
「ようこそ可憐なお嬢さん」
「何処に潜んでいるんですかっ!」
「サーカス団の団長たる者、普通に登場しては沽券に関わりますからな」
そこは普通に登場してよ。心臓に悪い。
酒樽が前面から二つに割れ、よっこいしょと出て来る樽団長。その体型は入っていた酒樽とそう大差ない。
「それで、小生に聞きたい事があるとか」
シルクハットを何も無いテーブルの上に置き、天辺をトントンと叩いて持ち上げる。すると、テーブル上に淹れたての紅茶セットが現れた。何コレ凄い!
「えっと、実はこの子を……」
カゴの中から『にぃ』ちゃんを出してテーブルに置くと、樽団長は金の鎖で繋がった片眼鏡をクィッと上げた。
「ホウ、これは珍しい獣ですな。『お話』というのは、これを売りたい、と?」
「あ、いえ。ちが──」
「これで買い取りましょう」
言葉を遮った樽団長さんは、指を三本立てた。
「いえ、あのですね」
「ではコレで」
今度は指五本。
「そうでなくてですね」
「ならばコレで」
樽団長さんは、とうとう両手の指を使いきった。
「ですから──」
「ええいっ、じゃあこうしましょうっ!」
「うぉっ!?」
背中からニョッキリと生えた二本の腕に、驚き思わずのけ反った。
「──なるほど、そういう訳でしたか」
やっと話を聞いてくれた樽団長は、冷めかけの紅茶を一口飲んでコトリ。とカップを置いた。背中から生やしたままの手が動かない所を見るに、どうやら作り物らしい。
「しかし、団員でこんな獣を飼っている者は見た事がありませんな」
「そうなんですか」
「ええ。これ程の珍獣、誰かが飼っていたら憶えているはずですからな。小生の団員では無く、別なお人でしょうな」
だとしたら、一体誰が飼い主なのだろう。
「お時間取らせてしまってすみません」
「なんのなんの。ご期待に添えなくて申し訳無いですな。ところでお嬢さん、これで売る気はありませんかな?」
「ひいっ!」
樽団長の背中から更に多くの腕が生えた。千手観音かお前はっ!
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