殺人犯の正体。
座れば高級と分かるアンティーク調のカウチソファに腰掛け、背筋をピンッと伸ばして腰掛ける私の隣で優雅に紅茶を啜るリリーカさん。出来れば背もたれに寄り掛かりたい所だがリリーカさんから滲み出ている雰囲気がそれをさせてくれない。その所為で大理石と思しきテーブルも出されたお茶やお菓子の素晴らしさも、何一つとして堪能出来てはいない。
「お姉様」
「は、はいっ」
「お姉様は一体何をなさりたいのですか?」
「べ、別に何かをしようとは思ってないよ。ただ夫人から話を聞こうと……」
「お姉様は何の為にこちらに来たのですか?」
「に、にぃちゃんの飼い主探しです……」
「目的から大きくかけ離れていると思いませんか? それに、この件はフレッド様が捜査中なのです。その邪魔をしては投獄されてもおかしくはありませんよ」
「邪魔をするつもりはない、ですはい。さっきも言った通り、精神的に参っている夫人のガス抜きになれば。と思って」
それを聞いたリリーカさんが大きなため息を吐いた。
「まあ、こうなってしまった以上は致し方ありません。ですが、お話を聞く『だけ』ですわよお姉様」
「う、うん。分かった」
おおよそ十六とは思えない威圧に、冷や汗をかきながら頷いた。
応接室のドアが開かれる。執事を伴って入って来た男爵夫人は、髪を整えて化粧を施し、服も着替えていた。ホールで会った時とはまるで別人だ。
「男爵夫人。先に申し上げておきますが、
「え、捜査をして下さるのでは……?」
ホラ見た事か。と、キッと睨んだリリーカさんの瞳が物語る。
「残念ながら
大理石のテーブルに置いたにぃちゃんの似顔絵。それを見た夫人の表情が見る見るうちに変わっていった。
「こっ、コイツですっ。主人を殺したのはっ!」
「えっ?!」
似顔絵を出した当人も驚く。図らずとも話を聞かなければならなくなったな。
「このコがご主人を殺した。と?」
「そうです。間違いありませんっ」
「しかし夫人。ご主人には外傷は見られなかった。と、デイリー紙にもありましたが……」
「それはそうです。だってコイツは人の生気を吸う悪魔なのですから」
なるほど。前日元気だった人が急に老衰する不思議な死因。生気を吸われたのだとしたらそりゃ干物にもなるな。だとしたらやっべぇ。私、にぃちゃんと何日も過ごしちゃったんだけど……
「お顔色がよろしくない様ですわよ?」
「り、リリーカさん。そんな魔物が居ると聞いた事はある?」
「いいえ、
確かに世界を旅したオジサマなら何か知っているかもしれない。後で聞いてみよう。
「男爵夫人。その事はアクラブ様にお伝えしましたか?」
「はい。勿論お伝えしました。しかし、その様な魔獣の侵入は確認していない。と……」
「そうですわね。街を取り巻く城壁には魔物除けの素材が使われています。死の森の魔物でない限り侵入はあり得ませんから」
「え、そうなの!?」
城壁にそんな効果が付与されていたとは知らなかった。
「魔物ならばそうでしょう。しかし、アレは悪魔なのです。黒ずくめの様相に、頭には先が尖った触角の様なモノが二本生え、手にも漆黒の槍を持っている姿。思い出しただけでも怖くて怖くて……」
怯えた様子で自身の身体を抱きしめる夫人。その夫人の言葉から、頭に二本の触角が生えていて漆黒の槍を持つのは何かと想像の翼を羽ばたかせる。そうして浮かんだビジョンは……虫歯くんだ。しかも、デフォルメされた可愛らしくも憎らしい虫歯くんだ。
「男爵夫人。もし宜しければ、ご主人が亡くなられた部屋を見る事は可能ですか?」
「ちょ、お姉様?! お話を伺うだけのはずでしょう!?」
「だけど、もし犯人がにぃちゃんだとしたら、私達も他人事じゃないわ」
「それは、そうですけど……」
夫人の言う事が本当だとしたら、私達にも危害が及ぶかもしれない。
「ええ構いません。では、早速ご案内致します」
言って夫人は席を立ち、私達は後に続いた。
夫人と執事さんとの案内で、ご主人が亡くなっていたという執務室にやってきた。学校の教室ほどの広さがある広い部屋。壁際には本棚が並び、右手には隣室へのドアがある。そして、男爵が亡くなっていたという執務机は最奥に位置していた。
「今はもう片付けてしまいましたが、当時は書類などが積まれておりました」
執事さんからの言葉で祭りの最中の慌ただしさが想像出来る。
「隣の部屋は?」
「ソコは
「じゃあ、当時は執事さんもこの部屋に……?」
「いえ、旦那様より『下がって良い』と言われましたので、その時は自室にて就寝の準備をしておりました」
「そう、ですか……」
犯人に繋がる何かを知ってないかな。と思ったんだけど……そんなに甘くはないか。
「ここで亡くなられていたんですね……」
左右には四つずつの引き出しが並び、センターは二つの引き出し。天板は歪みなく磨かれ、窓からの光を室内に反射している。高級そうな木材で作られた重厚な執務机だ。
「リリーカさん。執務室の家具の配置って大体こういうもの?」
「え? え、ええ。そうですわね。大体どこも同じかと……」
「そう……」
この部屋に入室してスグ、私は気になる点を二つほど見付けていた。その内の一つの前に立ち考え込む。
「壁がどうかされましたか?」
気になる点の一つ目は夫人が言った通り、壁だ。入室して右手にはドアが設えてある為に本棚が無いのは分かるのだが、本棚が壁。と、言わんばかりに置かれた室内で、壁が剥き出しの状態は非常に違和感がある。
「多分コレ、隠し扉じゃないかしら」
ミステリー定番の隠し扉。元の世界にも在るのにどうしてファンタジーには無いと言い切れるだろう。
「隠し扉ですか?」
「ええ。多分ね。そしてそれを開ける為のスイッチは……恐らくここよ」
数ある本棚の中で、中央に位置する一冊の本。私が気付いた二つ目の違和感がコレだ。
「それがスイッチですの?」
「ええ。数ある本の中でこの一冊だけ背表紙が違うなんて、怪しいわ」
ミステリードラマで見た事のある状況。コレを押し込む事で仕掛けが動き、剥き出しの壁から階段が現れる仕組みだ。得意げな表情をリリーカさん達に見せて、一冊だけ背表紙が違う本に手を添えた。
「いい? いくわよ」
ゴクリ。誰かが飲んだツバの音を合図にし、私は色違いの背表紙の本を押し込んだ。
ゴキュリ。その音は私が妄想してたのとは違う音。瞬間的に発生した電気が右腕を駆け上がり、その痛みに思わずしゃがみ込んだ。
「痛ったぁっ! 手首がゴキュってっ! 腕に電気がっ!」
「全く、何をなさっておいでなのですか。こんなに分かりやすいスイッチなんかある訳が無いでしょう?」
ご、ごもっともです。おっかしいなぁ、ミステリードラマじゃこれがスイッチだったんだけど……
「──と、言いたい所ですが、半分は当たりみたいですわ」
「……え?」
見上げると、私が力を込めて押した本の背表紙が僅かにズレているのが見えた。その背表紙を外し、中から鉄製の棒を取り出したリリーカさんはその棒をしげしげと眺める。
「鍵ですわね。男爵夫人、これはどこの鍵かお分かりですか?」
「い、いいえ。そんな物が隠されていた事も初めて知りました」
「そうですか。とはいえ、室外で使用するとも思えませんので、恐らくは室内の何処かに……」
キョロキョロと室内を見渡すリリーカさん。つられて夫人も執事さんもキョロキョロする。そして私は違和感に気が付いた。
「あ、ねえリリーカさん。あそこの絨毯浮いてない?」
「え? 何処ですか?」
「絨毯の端っこ」
何で気付かないの? と、疑問に思っていたのだが、立ってみると模様の所為なのか全然分からない。しゃがんでみて初めて分かる僅かな盛り上がりだ。リリーカさんはその絨毯の端でしゃがみ込み、捲り上げて私の方に顔を向ける。
「当たりですわお姉様」
手にした鍵を床の穴に差し込んで回すリリーカさん。目の前にある剥き出しの壁が下へと沈んでいく。壁が完全に沈み込むと、下へと降りる階段が姿をみせたのだった。
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