貴族のお宅訪問。

 キュアノス中層域。この街に住う貴族の人達の邸宅が並ぶこの区画は、一般市民の立ち入りは基本的に禁止されている。入れるのは貴族に呼ばれた人か、品物を納めに来た商人くらいだ。それでも依頼をした貴族の紹介状が無ければ入れない。私も書類上では一般市民だが、冠位を持つ大貴族のリリーカさんのお陰ですんなりと入れる事が出来た。衛兵さんの訝しげな表情付きだけど。


 昼間は閑静な住宅街のこのエリアも、夕食の買い出しであろう使用人さん達が忙しなく動いている姿を見かける。ある人は手にカゴを持って。そしてある人は……馬車でっ?!


「どうかされたのですか?」

「え。あ、いや。荷馬車で買い物する人も居るんだなぁって」

「ああ、何処かの家で晩餐会でも開くのでしょう。家と店とを何度も往復するのは手間ですから、あの様に荷馬車を使うのですわ」


 なるほど。


「それで、カートフォルさんの邸宅はどっち?」

「えっと、こちらですわね」


 衛兵さんから渡された地図を見て指差すリリーカさん。その指先は、大通りから離れた場所を指していた。



 大通りから外れて路地を抜け、メインの通りよりは狭い道を進む事しばし、城壁にほど近い場所にその邸宅は在った。ノーザン=カートフォル男爵。この中層域で卸業を営んでいる商人の一人で、人当たりの良い性格をしているお陰で誰からも恨みを買う事も無かったという話。


 祭りの最中は激務に追われ、机に向かったまま寝落ちしている事もあったという。ここまでなら、死因は過労死。と判断してもおかしくはない。しかし、前日までは普通に食事を摂り、見た目も変わっていなかった人物が、急に何日も食事を摂っていなかった様に痩せ細って発見されれば、事件性を疑うしかない。何かしらの毒を盛られた。と、推測を立てて検査を行なったが、毒性反応は出てこなかったらしい。現在も捜査は続けられている、ミステリー感がプンプン漂う事件だ。


「ここですわね」


 石造りの門に鉄製の柵。庭には葉っぱ一つ落ちてなく、手入れが行き届いている。その庭を進んでドアの前に立つ。ドアには獅子を形造った金具が取り付けられていて、口に加えられた円環を動かしてノックする仕組みだ。


「どちら様でしょうか?」


 それ程間をおかずに初老の男の人がドアを開ける。タキシードを着ている事からこの家で世話をしている執事さんなのだろう。


「え。あ、あの──」

わたくしリリーカ=リブラ=ユーリウスと申します。男爵夫人にお聞きしたい事がありまして参りましたの。夫人にお取り次ぎをお願いしますわ」


 慌ててしどろもどろになった私とは違い、リリーカさんは堂々としたものだ。初老の執事さんなんかは目ん玉が飛び出るくらいに驚いている様子だ。


「りっ、リブラ様っ?! なっ、中にお入りなってお待ち下さいっ。只今奥様をお呼びして参りますっ!」


 ドアを大きく開け放ち、私達を屋敷内に招き入れた執事さんはそのまま何処かへ行ってしまう。ホールには私達だけが残された。


「へぇ、これが貴族のお屋敷なのね……」


 その場から動かずにグルッと見渡すだけで様々な物が目に入る。王城とは一味違ったアンティーク風のシャンデリア。大きめの額縁には反った剣が二本飾られている。確かシミターとか言われている、海賊とかがよく持っている剣だと記憶している。あとは胸部から上だけの人物像や槍を持った甲冑などが飾られているが、地味過ぎず派手過ぎない印象が強い。


「何処のお宅も大体こんなもんですわ。少し質素とは思いますが」

「他はここより派手なの!?」

「そんなに驚く事もないですわよ。フォワールなんかが良い例ではありませんか」

「いやぁ、そりゃ驚くわよ。だって貴族っていっても上と下しか知らないんだもん」

「下って……もしかしてウチの事ですかお姉様?」

「うっ! ち、違っ。そういう意味じゃなくて……」


 タラリと冷や汗が頬を落ちる。リリーカさんの言葉にやや怒気が含まれていたからだ。しまったぁ、つい口が滑った。質素倹約は悪い事じゃないからね?


「と、ところでさ。オジサマが持っているお屋敷って誰も使ってないんでしょ? 管理費とか大変じゃない?」

「四万ドロップくらいと聞いた事がありますわね」

「四万か……年間それくらいが相場なの?」


 それでも最底辺の一般市民の年収の半分近くを持っていかれるのだ。私的には十分に高い。それに首を横に振るリリーカさんを見て、内心でタラリと冷や汗が落ちた。


「ま、まさか……」

「ええ。月に四万ですわ」

「月っ?! そ、そんなにかかるもんなの!?」

「建物を含め敷地全体ですからね。これでも安いくらいですわ」


 そこで生活をするとなると、メイドさん達の給金や食費などが加わり、月々の支払いは手二つでは足らないくらいになるのだという。十二分に贅沢だと思うのだが、自身で稼いだお金である以上は文句を言いようがない。


「り、リブラ様……」


 しわがれた声に振り向くと、それなりに歳を重ねた女性が立っていた。慌ててセットしたであろう頭髪が少し乱れ、着ているドレスにもシワが目立つ。泣き腫らした目は、亡くなった旦那さんを愛しんでの事だろう。


「ああ……リブラ様。どうか、どうか主人の無念を晴らして下さいませ」


 その場にガクリと膝を着き、四つん這いを経て蹲る夫人。その姿は土下座に見えなくもない。


「無念をと言われましても、この件は未だ捜査の途中である筈です。わたくしよりも事件を調べているアクラブ様に言うべきではありませんか?」

「ええ、勿論上申致しました。しかし、善処に勤めると仰るばかりで何の進展も見られないのです」


 善処って、頑張ってみるけど期待しないでねって意味とたいして変わらないからなぁ……


「このままでは過労による衰弱死。と結論付けられ捜査は打ち切りになってしまいます。ですから──」


 言葉途中で小さく手を挙げた私に、夫人は目をパチクリさせていた。


「すみません男爵夫人。少しお聞きしたいのですが宜しいですか?」

「えっと、リブラ様。こちらはどなた様でしょうか?」


 今更感が半端ないが、ずっとリリーカさんに嘆願をしていたのだから仕方ないのかもしれない。


「こちらはわたくしのおね……ゆっ、友人ですわ」

「まぁっ、リブラ様のご友人様ですか?! さぞかしご高名な方なのでしょうね」


 私を過大評価しないでよっ。高名どころか一般人に紛れたタダの人なんだから。


「夫人にお聞きします。あなたはご主人が殺された。と思われる理由とは何でしょうか?」

「それは勿論、死因があり得ないからです。前日まで共に笑い、食事をしていた……のに……」


 夫人の目からポロポロと涙がこぼれ落ちる。なに思い出させとんねん。というリリーカさんの視線が痛い。


「……そういえば、生前主人はもうすぐ夢が叶いそうだ。と言っておりました」

「夢、ですか。もし不都合が無ければ、そのお話をお伺いしても宜しいでしょうか?」

「え? ええ、構いませんわ。では立ち話もなんですし、部屋でお話を致します。ヨゼフ、お茶をお出しして」

「畏まりました奥様」


 恭しくお辞儀をした執事のヨゼフさんはそのまま廊下の奥へと消えていく。それを見届けた男爵夫人は、部屋に案内する。と言って私達に背を向けた。同時に、後ろから服を引っ張られた。


「な、何?」

「お姉様、一体どういうおつもりですの?」


 上目遣いで私をジッと見つめるリリーカさん。その目は物凄く怒っていらっしゃるようだ。


「ど、どうって。話を聞くだけよ」

「話だけ聞いてハイ終わり。それで済むと本気でお思いですか? 少なくとも夫人は、捜査の権限すらも持たない私達に期待してしまっているのですよ? その期待に応えるだけの何かをお姉様はお持ちなのですか?」


 期待に応えるだけの特別な何かを私は持ち合わせていないのは確かだ。


「そうね。私は期待に応えれるだけの何かを持ってない。だけど、話を聞いてあげる事自体は悪くないと思う。中に溜め込んだモノを吐き出させれば、きっと夫人もスッキリするんじゃないかな?」


 一人で悩みを抱えているよりは、解決策を見出しやすくなるかもしれない。それは私にも言える事なのだが、悩みの元がアレ鉱物アレ不死な訳で誰にも話せない状態だ。


「どうかされたのですかリブラ様。何か問題でも御座いましたでしょうか?」

「ああ、いえ。なんでもツッ! あ、ありません」


 尻肉をギュッと掴まれた痛さに思わず声が出たが、そら笑いで何とか誤魔化すと夫人は不思議そうな顔をしてドアを開く。


わたくしは少し席を外させて頂きます。直ぐに戻って参りますので、こちらでお寛ぎになっていて下さい」


 室内に通した私達に夫人はそう告げると、ドアを閉めて何処かへと行ってしまった。取り残された私達……いや、正確には私は、リリーカさんから感じる威圧によって内心冷や汗が止まらずにいた。この状況下で二人きりとかマジでキツイんですけどっ!?

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