幼女の誘惑。

 一人目は完全にウソで終わり、二人目は完全にボケていて終わった真・飼い主候補探しは、三人目に突入しようとしていた。ドアを開けて室内に入って来たのは、どこぞの貴族夫人と思しき格好をした女性。髪を縦ロールに纏め、手には孔雀の羽根の様な扇子を持っている。その夫人に座って貰って第一の質問をする。


「お名前をお聞きしても宜しいでしょうか?」


 一応貴族っぽいから、丁寧な言葉遣いで聞いた。


わたくし、アン=コイマァと申しますのよ?」


 知らないの? 的なニュアンスで聞かないで貰えるかな。知らないんだから。


「では、こちらのけもの──」

「間違いありませんわ。わたくしが飼っている『エリザベス』ちゃんです。『エリザベス』ちゃんとの出会いは十年前になりますの。それはそれは寒い日の事でした。道端で蹲る『エリザベス』ちゃんを見付けて──」


 言葉を遮って始まった夫人の話は私が口を挟む暇もなく進んでいく。そしてひっきりなしに鳴り続けるコールベル。饒舌過ぎるオバハンとコールベルの音に私の精神がガリガリと削れていくのが分かる。このままでは不味い。そう思ったから強制的に止める事にする。


「ちょっと待って下さい。ストップ! ストーップ!」

「何ですの? これからがいい所ですのに……」


 孔雀の羽根の様な扇子をバッと広げ、口元を隠す貴族夫人。これ以上続けられたら私の精神力が保たない。


「分かりましたのでもうお帰りになって下さい」

「では、『エリザベス』ちゃんを返して下さいますの?」

「すみませんが、この子の飼い主はアンさんでは無い様ですのでお渡し出来ません」

「何を言ってるのかしら。『エリザベス』ちゃんの飼い主は、わたくしでしてよ?」

「チーン」

「何ですの? さっきから五月蝿いベルの音は」


 今更ですか!?


「これはウソを見抜く魔道具。『大法螺見抜く君三世』です。これが鳴ったという事は、アンさんは飼い主では無いって事になりますので、お引取り下さい」



 ハァ、ボケたお爺ちゃんより疲れた……次は誰ぇ?




 最後の飼い主候補さんは幼女を絵に描いた様な子供だった。くりっくりの目にキラキラを宿し、物珍しげに首を動かして周りの物に気を取られている。子供らしく落ち着かない様子の女の子。うん、アレの後だけに余計にホッとする。


「お嬢ちゃん。お名前、言えるかな?」

「ナツはねぇ、ナツって言うのぉ」

「そうなんだぁ。じゃあ、ナッちゃんって呼んでもいい?」

「うんっ」


 満面の笑みで大きく頷くナッちゃん。先程の貴族夫人には程遠いが、明らかに余所行きであろう服を着込んだままで椅子にちょこんと座って足をプラプラ動かす姿を見ているだけで、限界まで搾り取られた精神力が瞬く間に回復していく。


「じゃあ、ナッちゃん。お姉さんに教えてね?」


 テーブルににぃちゃんの似顔絵を置く。それを見て何かを思い出したのだろう。『あっ』と声を上げてポッケを弄り始めたナッちゃん。ポッケの入り口が狭かったのか、何かを掴んだままでそれを取り出そうと苦労している様子だった。


「ど、どうかしたのナッちゃん?」

「んしょ、んしょ……」


 かわいい声を上げてポッケの中から手を出そうとするナッちゃん。彼女のその願いは、何かが裂けた様な音と共に叶えられた。

 その取り出したモノとは、くしゃくしゃに丸められた紙。それを広げたナッちゃんは、両腕を真っ直ぐに伸ばして読み始める。その姿は、小学校低学年で作文を読む時の格好と同じだった。


「えっと。このこは、ナツのともだちに、間違いありません。だから、ナツに、かえして、ください」


 取り出した紙にそう書かれていたのだろう。棒読みの中の棒読みで読まれたそのセリフは、明らかにナッちゃん以外の誰かの意思が介在しているとしか思えなかった。コールベルが鳴る以前の問題である。


「えっと……ナッちゃんそれは何かなぁ?」

「ママがね。これを読みなさいって作ってくれたの」


 いたいけな幼女に何させとんじゃワレッ。


「え、えっとねぇ、それじゃダメだから。ごめんね」

「えーっ。ナツ、このことお友達になりたいのぉ。良いでしょぉお姉ちゃん」


 眉を八の字にした困った顔に、目を潤ませながらの上目遣いの懇願。ノックアウト級のヘビィブローを二発も貰い、胸がキュンキュンしっぱなし。抱きしめて頬ずりしたい衝動を必死に抑え込む私が居た。


「ま、まさかそれもママが?」

「うんっ、ダメって言われたら『こう』しなさいって」


 純真無垢な幼女に要らぬ知恵を吹き込むなっ! それにしても、この子意外に演技派っ。


 私の中では、もうこの子にしちゃいなyo。とノリノリで囁いているのだが、本当の飼い主さんが現れた時にはどの様な罪を負わされるか見当もつかない。最悪、相場以上の額の支払いを要求される事になりかねない。心を鬼にして渋るナッちゃんを説得しお家に帰した。


「つ、疲れた……」


 椅子の前に立ち、崩れる様に座り込んでそのまま机に突っ伏す。ホッとして和んだのもつかの間、最後の子が一番疲れた結果となった。


 ドアが開かれる音がする。頭だけをコテンと横に向けると、入ってきたのはリリーカさんだった。


「お疲れ様でしたお姉様。残念ながらいらっしゃらなかった様ですね」

「渡しちゃおうか迷ってた人も居たけどね。そういえば、ウォルハイマーさんは?」


 使用時に立ち会うはずだったが終ぞ姿を見かけなかった。


「フレッド様なら錬金術ギルドへ向かわれましたわ。特定の人物。つまり、お姉様のウソを見破れなかった事を報告してくると仰っておりました」

「ほ、報告……?」

「ええ、『大法螺見抜く君三世』を採用してから初めてのケースらしいですから、原因の究明と対策を協議してくる。そう仰っていました」

「へぇ、そうなんだぁ」


 とは言ったものの、改良されて四世……じゃなくて、私のウソに反応する様になってはあまりよろしくない。今後はあまり関わらない方が良さそうなのだが、関わりたくなくても結局関わる事になるんだよなぁ……


「どうかなさいましたかお姉様」

「え? あ、ううん。何でもない。取り敢えずオジサマのお店に戻ろうか」

「分かりましたわ」


 門を守っている兵士さんに、ウォルハイマーさんに帰る旨を伝えてくれる様に頼み、私達はオジサマのお店に向かった。



 コトリ。とカウンターに置かれた白磁の器から、芳ばしい香りが湯気と共に立ち昇っている。その器を両手で掬う様に持ち、フー。フー。と息を吹きかけてから口へと運ぶ。


 口で苦味と酸味の程よいハーモニーを楽しみ、鼻で抜けていく余韻をまた楽しむ。ホッとする瞬間だ。隣にミニスカのウェイトレスさんさえ居なければ。


「結局は見つけられなかったのね?」


 そのミニスカで給餌をしているおばさまが言う。


「ええ。せっかくお借りしたのに、実りは全くありませんでした」

「これからどうなさいますの?」

「しょうがないから私が預かるわ。散歩がてらギルドに行って、にぃちゃんの依頼がないか確かめるしか方法は無いわね……」


 同じ方法を繰り返していけば噂になってより見つけやすくなるだろうが、これ以上ウォルハイマーさんに手間をかけさせる訳にはいかない。


「その依頼に、にぃちゃんの物は無かったんでしょう?」

「はい。失せ物を含めて他のも見てみましたが、何処にも無かったんですよねぇ」

「それもおかしな話よねぇ……稀少価値の高い生き物が逃げ出したのに依頼も出さないなんてねぇ」

「そうなんですよ……」


 再び器を両手で持ち上げ、少し冷めたコーヒーを啜る。


「考えられる理由はいくつかありますわね。先ずは、荷物等に紛れ込む事ですわ」

「それ、前にも言ってたね」

「はい。その場合、他の街で依頼が出ている可能性がありますわ。しかし、確認するにはそこへ行かなければなりません」


 川を挟んだ隣の街はともかく、他の街へは船で行ける所は一日で行けるが、陸路しかない場合は少なくとも十五日以上はかかる距離になる。引き手に合わせて移動と休憩を繰り返すからだ。


「次に街に来ていたサーカスですが、これはお姉様によって違う事が分かりました」

「うん。団長さんに聞いたんだから間違い無いでしょう」

「はい。そして、闇取り引きから逃げ出したケースもあります」

「闇取り引き……」

「そうねぇ、真っ当な依頼よりも桁が二つ三つ違うからねぇ」

「でも、捕まえるのにリスクが高いんですよね?」

「……そうだな。だが、数人の命を引き換えにしても、捕まえようとする奴はごまんと居る。そしてそれを買いたがる奴もな」

「ええ。なので、これが一番高いと思います。あとは、何らかの理由で手放さなくてはならない状況……例えば、飼い主が亡くなった。とかですわ」

「そっちの方が可能性高くない?」


 人は怖いモノから目を逸らしたがるもんだ。だから私はギャングがらみの闇取り引きを無かった事にした。


「お祭りの間で亡くなった貴族の人って居る?」

「……お一人だけ。しかし、わたくしが初めてにぃちゃんを見た後の事ですわ」

「だからかもしんない。自分の死期を悟って逃したのかも」

「……そうは考え難いですわね」

「どうして?」

「それは……」


 言葉を句切ったリリーカさん。シンと静まり返った店内で、変な死に方だったんで。と小声で言ったはずの言葉が、やけにクローズアップされて聞こえた。怖っ!

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