四人の飼い主。
警備隊本部の取調室は、ぶ厚い石材で出来た壁に鉄格子が嵌っている窓。そして使い古されたテーブルが二つ置いてあり、椅子が三つだった。しかし今回、案内された部屋はそんな息苦しい部屋ではなくて、会議室の様な作りをした部屋。椅子もテーブルもしっかりとしていて、窓には格子など嵌められてはいない。
「取り調べではないですから、こちらの部屋をご用意させて頂きました。こちらの方が、飼い主候補の方々も萎縮せずに話しをする事も出来るでしょう」
「お心遣い有り難う御座います」
別にあの取調室でも構わないと思っていたのだが、言われてみればその通りだと納得した。
「大法螺見抜く君三世の使い方は、ご存知ですよね?」
「上手い具合にウソを引き出させる様に仕向ければ宜しいのですよね?」
ルリさんによってトバッチリを受けたウォルハイマーさんをよく見ていたからだいたい分かる。
「その通りです」
「それじゃあ、ちゃんと稼働するか確認をさせて貰いますね」
「はい。どうぞ」
ウソを見抜くコールベルの前に立ち、コクリと唾を嚥下する。取り調べの時、私は明らかにウソを言ったのにコールベルは鳴らなかった。あの時は私の秘密に関わる事だったから確認を取れずにいたのだが、今回は堂々とそれが出来る。
「私は男ですっ」
すっすっ。と、声が室内に響いた。響いただけだった。
「ちょっ。ち、違うわよ! 私、正真正銘に女だからっ!」
リリーカさんとウォルハイマーさんの視線を感じ、慌てて言い繕う。
「でも鳴りませんでしたわ」
そうだけど。確かにそうだけどっ!
「もしかしてお姉様は本当はお兄様……?」
ンな訳なぁぁいっ!
「フレッド様はどう思われます?」
「そうですね。私にはアユザワさんは大変お美しいご婦人に見えます」
「ウォルハイマーさん……」
嬉しくてついキュンとくる様なセリフを言ってくれたウォルハイマーさん。しかし、事件は会議室でも起きたのである。
「チーン」
えっと? それはウソだって事でいいのかな?
「あ、いや。これはその……」
狼狽るウォルハイマーさん。私は覚悟を決めて、シャツの裾を掴んだ。
「分かりました。それじゃ、ここで脱いで私が女である事を証明しますっ!」
「何が『分かった』で『それじゃ』なのかは分かりませんがっ、ここで脱がれても迷惑なだけですわっ!」
「チーン」
その音に、総ての
「ふっ、フレッド様も何か仰って下さいましっ!」
「ここでその様な事をされても困りますから」
「チーン」
困らない。むしろ嬉しい。と?
「ど、どうやらこれは故障をしている様ですね」
動揺したままでそう言うウォルハイマーさん。私には正常に稼働している様にしか見えない。
「ちょっと待って下さい。もしかしてコレ、私には反応しないのかも……」
「そ、そんな筈はあり得ません」
「では試してみますね。──私は男。ウォルハイマーさんは女。オジサマのコーヒーは不味い」
言い終えて静寂に包まれる室内。これだけウソを並べたというのに、コールベルは何の反応も示さなかった。
「では、リリーカさん。どうぞ」
「えっ!? あっは、はい」
突然振られて慌てたリリーカさん。手を胸に当てながら深く深呼吸をする。そして、その口が開かれた。
「
「チーン」
「フレッド様は女」
「チーン」
「お父様のコーヒーは絶品ですわ」
「…………」
「本当ですわね……」
最後に本当を持ってくる所が中々に分かっていらっしゃる。
「そんな、あり得ません。特定の人物だけに反応しないなんて……アユザワさん。貴女一体何者なんですか?」
「そう言われましても、タダの街娘ですけど……」
何故私は反応をしないのか? その事にはだいたい察しが付いている。それは、私がこの世界の住人ではないからだ。一応転生という形を取ってはいるが、姿形がそのままって事はほぼ転移に近いのだろう。
彼等とは存在自体が根本的に違う為に、この様な現象が起きた。そうとしか思えない。だがソレを話すと、頭のおかしな残念な子。として、扱われる可能性がある以上、容易に話すべき事じゃない。幸い、どんなウソを吐いても鳴らないんだ。このまま隠し通す事は可能だろう。
「いいえ。お姉様は街娘ではありませんわ」
「えっ?!」
「お姉様は
あ。その設定まだ生きてたんだ……
「と、兎も角。質問をするのは私ですから、問題はなさそうですね」
「多少不安は残りますが、まあ大丈夫でしょう」
「じゃあ、飼い主候補さん達を迎えにいきますか」
「はい。お姉様」
ちょっとした事件が起きた会議室を後にし、集合を終えたであろう飼い主候補さん達の元へと急いだ。
警備隊本部の門には五人の人が立っていた。一人はギルドの受付嬢。そして男が二人に女が二人。うち一人は幼女だ。……あれ? 足りない。
「案内して頂き有り難う御座います。でも確か六人じゃなかったですか?」
「それが、こちらで聴取をする事をお伝えしましたら辞退しまして……」
なるほど。そいつらは確実に転売目的だった。という事だな。
「そうですか。分かりました」
私は四人の真の飼い主候補さん達に向き直り、会釈をした。
「お早う御座います。私が今回の依頼を出したカナ=アユザワです。これから皆さんにいくつか質問をさせて頂きます。正直にお答え下さい。飼い主と判断された方にお預かりしているペットをお返し致します。では、こちらへどうぞ」
四人の真なる飼い主候補さん達を引き連れて、再び会議室へと戻る。最初は三十代と思しき男性。残りは廊下に用意した椅子で待っててもらう。
「それでは、お名前とお歳をお願いします」
「ああ、はい。ボクはカール=ヤッツオ。歳は三十二です」
「…………」
鳴らないって事は本当か。ってか本当に鳴るのか? 心配になってきたぞ。
「あの、どうかされました? ベルを見つめて……」
「あ。いえ、何でもありません。では──」
ギルドの受付嬢に描いて貰ったにぃちゃんの似顔絵をテーブルに出す。
「この獣は、あなたが飼っていたのですか?」
「ええ、間違いありません」
「チーン」
コールベルがちゃんと稼働した事に、内心胸を撫で下ろした。
「え、何ですかコレ?」
「これは『大法螺見抜く君三世』。つまりはあなたのウソを見破る魔道具です。コレが鳴った。という事は、あなたは今ウソを吐きましたね?」
「い、いいいえ。ウソなんかじゃありませんっ」
「チーン」
「お疲れ様でした。もうお帰りになられて結構です」
「ちょ、ちょっと待って下さいよっ!」
椅子を倒す勢いで立ち上がったカールさん。二つ質問されただけで帰ってくれ。は、流石に不服だったのだろう。そんな顔をしている。
「こんなのが信用出来るんですかっ!?」
「はい。信用出来ます」
コールベルに指差して文句を言うカールさんに私は即答をする。
「だっ、だだ第一。アナタの質問の仕方が悪いっ!」
「悪かったですか?」
「そうだ! オレはコイツを飼っているんじゃない。家族として一緒に過ごしていたんだっ!」
「………………」
あれ? 鳴らな──
「チーン」
時間差つけるの止めて下さいよコールベルさん。そもそも、大事な家族にコイツとか言っている時点でダメだろ。
「もう良いですよ帰って」
何を言っても無駄だと悟ったのだろう。カールさんはガックリと肩を落として退出した。はい次。
続いて入って来たのは、四人の中でも最高齢のお爺ちゃん。真っ白な髪と髭は、苦労に苦労を積み重ねたのであろう証か。顔もシワだらけの、ぱっと見八十の老人だ。
「お名前を教えて下さい」
「わしゃぁ、ハーン=バーグじゃ」
ハンバーグって……しかも鳴らないから本名だし。
「で、ではお聞きします。この獣は、あなたが飼っている獣ですか?」
さっきと同じく似顔絵をテーブルに置く。お爺ちゃんはそれを震える手で持ち上げてジーッと見つめた。
「見れば見る程、よく似ておるわぃ」
「似ている……? で、では。あなたがこのけも──」
「バァさんにソックリじゃ」
「は?」
「ある日突然居なくなってしまってのぉ。ずっと探していたんじゃよ。まさかお嬢さんの所に居たとはのぅ。ところでシンシアさんや、メシはまだかのぅ」
「あ、いや。私シンシアじゃないんですけど……」
もしかしてこのお爺ちゃん、ボケちゃってるっ?!
その後、何とかお爺ちゃんを説得して追い返し、大きなため息を吐いた。はぁい、次の方ぁ。
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