第134話

「お疲れ様で御座いました」


 馬車のドアを開け、燕尾服の様なスーツを着た男の人が掌を差し出した。席を立ったリリーカさんが、その手を取ってゆっくりと馬車を降りる。


「大広間にて皆様がお待ち申し上げております」

「分かったわ、有難う」


 言って微笑んだリリーカさんは、次いで馬車から降りた私の腕を取る。と、それまで側に居た男の人は、リリーカさんを引いていた白手を嵌めた掌を自身の胸に当て、視線をやや下に落としながら後退る。そうか、ここからは私がエスコートする番か。


「では、行こうか」

「はい。カーン様」


 一歩を踏み出そうと足を上げ、地面に着くかどうかのタイミングで、ズラッと並んだメイドさん達が一斉にお辞儀をする。一糸乱れぬその動作に、顔には出さないまでも驚嘆していた――




 スーッ、ハァァァ。スーッ、ハァァァ……。別にリリーカさんの匂いを堪能している訳ではなく、緊張によって再度鳴り出した早鐘を落ち着かせる為の深呼吸。でも、リリーカさんから良い香りがしているな……


 ガチャリ、ギィィィ。雰囲気のある音を出しながらドアが開かれる。大広間にはマリエッタ王女を始め、かん三位のタドガー=へミニス=ラインマイル。かん八位、フレッド=アクラブ=ウォルハイマー。かん十二位のルレイル=イクテュエス=パーソンズ。そして、かん九位フォワール卿とその息子キノッピと、後は面識の無い人達が幾人か。ドアを開けて入室した人物。つまり私達に、一部を除いて好奇の目を向けていた。


「なんか、大事おおごとになってない?」


 平静を装った表情を引攣らせ、小声で言う。


「ええ、なっておりますわ確実に。恐らく姫様が余計な事をしたのでしょう」

「うぇっくしょい!」


 抜群のタイミングで、マリエッタ王女がくしゃみをする。


「お風邪ですか?」

「ちょ、近寄らないでよタドガーっ。アンタはアッチに行ってて頂戴っ」

「ああ……、イイですねぇその表情……」


 王女に邪険に扱われ、恍惚の表情でトリップするラインマイル卿。相変わらずマゾっ気が強い奴だな。他の貴族さん達が引いているじゃないか。


 他に、かん五位マリア=レーヴェ=ティルレット、かん六位ミネルヴァ=パルセノス=リザベルト。


かん十位マクシム=コゼロク=ハネスもおりますわね……」


 かんくらいを持つ貴族が大集合である。これは緊張しない方がおかしかった――

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