定番のアレ。

 ──話を終えたリリーカさんはただ俯いていた。未だ夏の残り香を残した風が窓から入り込み、カーテンとリリーカさんの髪を揺らす。私は窓を閉めて室内に振り返った。


 私に出来る事といえば、彼女の相談に乗ってあげる事だけ。ヨルヴと結ばれるかを決めるのは、あくまでリリーカさんだ。


「リリーカさんはどうしたいの?」

「勿論嫌に決まっております」


 ですよね。


「アレと夫婦になるくらいなら、毒を盛って死にますわ」

「そこまでするの?!」

「ええ、だってヤツの狙いはわたくしではなく──もないでしょうけれど」


 どっちよっ。


わたくしの地位が目的なのですから」

「え、それって」

「はい。政略結婚というヤツですわ」


 冠十二位ナンバーズの階位を上げる為には二通りの方法がある。一つは上位の人物よりも功績を挙げる事。そして二つ目が、その階位の人物と夫婦となる事だそうだ。ただし例外として、何らかの理由で欠番になった場合のみ、冠十二位ナンバーズの話し合いで決まる事もあるらしい。


 そして十二位会議とは、功績について吟味し、階位の変動を言い渡す場でもある。それを決めるのは、不動の一位であるこの国の王族なんだそうだ。


「今までずっと考えていたのですが、中々良い案が浮かばなくて……。お姉様でしたら何か妙案があるかと思いまして」


 成る程。突然の来訪はそういう訳だったのね。


「ちなみにリリーカさんはどんな案を思い付いたの?」

「えっと、そうですわね。遠方から弓で狙撃するとか」


 ん? そげき……?


「暗がりに乗じて寝首をかくとか、屋敷ごと破壊するとか食事に毒を盛るとかっ」


 何で破壊的衝動案しか出てこないのっ?! 何気に怖いなこのコっ。


「そんな事をしたらオジサマ達に迷惑が掛かるわよっ」

「分かっております。ですが、そんな事しか思い付かないのです」

「オジサマに相談は?」


 娘を溺愛しているオジサマの事だ、猛烈に抗議をするだろう。おばさまは……アラアラまあまあ。とか言ってそう。


「はい、致しました。けれどお話しした途端、飾ってあった剣を持ち出して何処かへ行こうとしましたが……」


 あの親にしてこの子アリ、か。親娘揃って何やってんのよ。


「頼れるのはお姉様だけなのです。何か妙案は御座いませんか?」

「うーん……」


 婚約を破棄させる手段ならそれなりにあるだろう。


「権力にモノを言わせて強制破棄する、とか」

「冠三位のラインマイル卿が後ろ盾になっていますのでそれはダメですわ」

「そっか。じゃあ、面と向かってハッキリと断る、とか」

「ハッキリと断るですか……『あ、アンタなんか好きでも何でもないんだからね、勘違いしないでよねっ』とか言えば宜しいでしょうか?」


 ツンデレになっただけだった。しかもメッチャキュンときた。


「あとは相手が幻滅する様な行動をする、とか」

「幻滅する行動ですか? それは一体どの様な行動なのでしょうか?」

「そうねぇ、食事の際下品な音を立てて食べる、とか。所構わずお尻をボリボリと掻く。あとは、鼻をほじる。なんてものもあるわね」

「そ、それは女として終わっている気が致しますわ」


 その通りです。だけど効果は絶大。


「その他に御座いませんか?」

「んー……」


 あとは定番中の定番である、アレくらいだろうか。


「既に婚約者が居るから断ります。かな」

「お姉様っソレですわっ!」


 私の手をガッと掴み、瞳をキラキラと輝かせるリリーカさん。え、マジ?


「いやいやいや、これはちょっと問題があってですねっ」

「問題? どの様な問題ですの?」


 問題とは、成功例が少ない。という事に他ならない。少なくとも私が知る限りでは成功した試しがない。


「失敗例しかないのよ」

「いいえ、お姉様なら大丈夫ですわ」

「いやいや、絶対にバレるってコレは」


 何しろ普段意識もしていない二人が婚約者を装うのだ。何処か必ずボロが出るのはお約束中のお約束。


「いいえ、お姉様とでしたら大丈夫です」


 私の手をギュッと握り、決意の眼差しを向ける。そんなリリーカさんに私は眉を潜めた。私、『と』?


「え、えっと。リリーカさん? まさかとは思うけど、お相手は知り合いの人に頼むんだよね?」

「はい。わたくしが敬愛している知人にお願いしようと思っていますわ」

「ああ。じゃあ、気の所為──」

「お姉様に」


 じゃなかったぁぁぁっ!


「え、ちょまっ! 何で私!?」

「だって、お姉様が教えて下さった奸計ではありませんか」


 やましく聞こえるから奸計とか言わない。


「それに、お姉様とでしたら上手くいく気がします」


 それ根拠ないよっ。


「お嫌ですか?」


 神様に祈りを捧げるかの様に胸の前で手を合わせ、潤わせた瞳を上目遣いでジッと見つめるリリーカさん。自身の事を知ってか知らずか、その仕草に抗う気持ちが失せてゆく。


「嫌って訳じゃないんだけど、私も仕事があってですね」


 祭りは半分を過ぎたが、借金はまだ一ドロップも返せてない。少なくとも一年間は私に自由など無いのだ。


「その首輪チョーカー、負債者の枷ですわよね」

「うっ。い、いや。これはですね」


 慌てて言い繕うとするも言葉に詰まる。だからもうちょっと小洒落た感じにしてくれれば良いのに。


「隠そうとされましても分かりますわ。お姉様は『アルカイック』に負債を抱えておいでですのね。でしたらその負債、わたくしが引き受けます」


 トンでもない事を言い出したぞこの娘は。


「いやいやいやっ、そういう訳にはいかないよっ。コレは私がちゃんと働いて返すつもりなんだからっ」

「では、今回の件は『依頼』という形に致します。依頼料は前払いでお支払い致します。これなら良いですわよね?」


 良くないってば。小遣い程度の額じゃ無いんだよっ。


「い、依頼って。百万だよ?! そんな高額報酬なんか出せる訳が──」

「そんなの小遣い程度ですわ」


 い、今時の貴族のご令嬢さんって、十六歳で百万をポンと出せる程の小遣いを持ってるのね。


「ですから、値段分キチンとご奉仕して下さいませ」


 あらぬ事まで要求されそうっ!




 とあるお宅の一室で、私とリリーカさんは一つに重なり合っていた。彼女の慎ましやかな胸部が私の背中に押し付けられ、女の身ながらも胸が高鳴る。


「あっ、リリーカさん……そんな事まで?」

「はい。ちゃんと綺麗にしないとダメですわ」

「でもあの……あっ。ちょっとキツイんだけど……?」

「我慢なさって下さいませお姉様。こうする事で良くなりますから」


 リリーカさんの細い腕が私の身体に巻き付いて、何度も何度も往復させる。


「これでイけますわ。お姉様」

「ンッ……フゥ。晒しって初めて巻いたけど結構キツイのね」

「お姉様は胸がおありですから、結構キツめに巻かないと女だとバレてしまいます」


 そりゃまあ、そうだろうけどさ。見慣れた自慢の胸が見る影もないな。ぺったんこだよ。



 通商ギルド『アルカイック』へと足を運び私の借金をポンと返却した(ホントに百万持ってた)後、リリーカさんの部屋で『婚約者が居てビックリ作戦』(リリーカさん命名)の準備を進めていた。……換金とかの機械の名前考えたのリリーカさんじゃないよね?


「あとは、これを着れば完璧ですわ」


 クローゼットから男物の衣服を取り出し、私へと渡す。も、もしかしてこれってオジサマのっ?!


「これを、着るのね……」


 衣服を見つめたままギョグリッと唾を飲み込む。お、オジサマが腕を通した服……心なしかオジサマのかほりがする。


「ええ、お早くお願い致しますわ。これから中層へと参りますので」

「えっ?! これから!?」

「はい。丁度お昼時でもありますし、そこで食事を致しましょう」

「中層の料理か……」


 一般市民には縁の無い事だが、話にだけは聞いている。下層域でも美味しいお店は沢山在る。それに輪を二つも三つも掛けて美味しいらしいのだ。貴族様のお口に入る以上、市井の物よりは高価な材料がふんだんに使われ、一流と呼ばれる料理人の手によってどの様な素晴らしい一皿へと変貌するのか? 今から期待で胸が膨らむ。……巻いた晒しが解ける位に膨らむっ。


 私はいそいそとズボンを履いて上着を纏い、『ジャボ』と呼ばれる飾りが付いたネクタイを着ける。これジャボっていうんだ。


「こんなもんでどうかな……?」


 リリーカさんの目の前でくるりと一回転。何処からどう見ても貴族の若旦那にしか見えないだろう。……中身以外は。


「良くお似合いですわお姉様。あとは……」


 ニコリ。と微笑んだリリーカさんは、私の背後に回って髪を触り始めた。


「これで完璧ですわ」


 そうは言っても肩甲骨に届く程の髪の毛を、半ば辺りから無造作に纏めただけだ。


「こんなんで良いの? もっとちゃんと整えた方が……」

「いえ、田舎貴族を演出する為には、これくらい大雑把な方がよろしいですわ」


 成る程、そんなもんか。リリーカさんから与えられた役は、東方の辺境に位置する領土の貴族。という事になっている。万が一、出自の詳細を調べられたとしても、早馬でも往復で二週間は掛かる距離の為に、バレる心配は皆無であるそうだ。あとは私の演技力次第、か。胃が痛くなりそう。


「さ、それでは参りましょうか、お姉様」


 既に準備を終えているリリーカさんが差し出した手を取ると、『婚約者が居てビックリ作戦』(リリーカさん命名)の開始を告げるかの如く、リリーカさんは微笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る