ギルドの疑惑。

 通商ギルド『アルカイック』さんとの希望通りの商談が成立してから数日が経った。私は今、予定通りに入手した出たてホッカホカの鉱物を布で包んで大事に抱えながら、『アルカイック』さんに向かっていた。足取りは軽く心も軽い。スキップだってしちゃうくらいウキウキ。何しろ、『コレもしかして、盗品ちゃいますの?』という目で見られる事が無いのだから、スキップどころかターンまでしそうな勢いだ。


「お待ちしておりました、どうぞこちらへ」


 相も変わらずアルカイックスマイル全開の男性ギルド員。船が入港してややバタバタしている店の奥へと案内される。その際、入港した船の乗組員であろう人達から『姉ちゃん一体何もんや』と言わんばかりの視線を集めていた。




 男性ギルド員に案内された部屋は、前回と間取りがほぼ同じなものの、何処か質素な印象を受ける。棚に並ぶのは煌びやかには程遠い調度品の数々。何かの動物の木彫りやら、どこかの原住民が被ってそうなお面など。なんか観光地のお土産品みたい。


 そんな室内で一際目立っていたのは、木製で重厚な作りの執務机。書類が山の様に積まれ、黒や茶、白といった羽ペンが並ぶ。その執務机の前方に置かれた応接セットに腰掛け、出された紅茶に舌鼓を打っていた。


「さて、早速で申し訳ありませんが、入手された鉱物をお見せ頂けませんでしょうか?」

「あ、はい」


 出されたティーセットを僅かに避け、これまた重厚な木製のテーブルに大事に抱えていた包を置いた。縛り目を解くと、中からしろがねの塊が姿を見せる。


「おお、これは中々……」


 男性ギルド員の口から感嘆の呟きが漏れ出た。


「手に取って見させて頂いても?」

「あ、はい。どうぞ」


 アルカイックスマイルをギラギラと輝かせながら男性ギルド員は銀鉱を手に取り、軽く叩いてみたり、優しく撫でてみたりと色々な事をする。私といえば、男性ギルド員が銀鉱を愛でている間、『止めてジッと見つめないで、恥ずかしいから……。それは私の──ああっ、そ、そんな事まで!?』と思いながら必至に目を逸らし続けていた。


「いやぁ、これは素晴らしい代物ですな。一体どちらで──いえ、これはお聞きにならない約束でしたね。では、鑑定機を持ってきますのでそのままお待ち下さい」


 言って立ち上がった男性ギルド員は、執務机の横に設えたドアから出ていき、戻って来た時にはその手に奇妙な装置を持っていた。


 男性ギルド員が持つ機械。高さは僅か五センチ程度、縦横の幅は二十センチはあるだろうか? 強いて言うならクッキングスケールによく似ている。


「それが鑑定機ですか……?」

「はい。これが魔導鑑定機、『色々分かるんです君アルファマークスリー』です」

「………………あ、そうなんですか」


 誰だっ! そんなダッサイネーミング付けたヤツはっ!


 ちなみに、中型品用鑑定機『ベータ』シリーズと大型品用鑑定機『ガンマ』シリーズもあるそうだ。『アルファ』『ベータ』『ガンマ』はともかくとして、その前に付いている名前はどうにか出来なかったのかな……


「では、始めさせて貰いますね」


 男性ギルド員が銀鉱を鑑定機の天板に置き、付いているスイッチを押す。すると、銀鉱から高さ十五センチ程の場所だろうか。薄い水色の光が現れ、天板と同じ大きさまで広がったその光は、四角柱になって銀鉱を包み込む。魔導鑑定って初めて見るけど、一体どういう仕組みになっているのだろう?


「終わりました」


 水色の光が消えて間もなく、スイッチ近くに刻まれた真一文字のスリットから、レシートを彷彿とさせる紙が飛び出て来る。男性ギルド員はそれをピッと切り取って、鑑定結果が記されているであろう紙を眺めた。


「矢張り思った通りでしたか……」


 自身の予想が的中していた事に満足しているのか、アルカイックスマイルで頷く男性ギルド員。


「あの……結果はどうでしたか?」

「ええ、素晴らしく良い品ですよ」


 男性ギルド員の言葉に、心の中で思わずガッツポーズを取る。良かった。換金ギルド『ポーン』と同じ評価で。


「鑑定結果は最高品質のSですね」

「えす……?」

「はい。SからDまでの五段階で評価され、評価に応じて値段が下がります。これならば、一万五千ドロップで買い取らせて頂きますよ」

「え、一万五千もですか?!」


 思っていた以上の売値に、思わず頬が緩む。でも……


「あれ? 他のお店では一万でしたよ?」


 二度目はお詫びと称して八千程多く入っていたが、最初の持ち込みの時は一万だった。


「そんな筈はありません。これ程の品を一万でなんて、大きく見積もっても一万八千にはなる筈です」


 そう言って男性ギルド員は、人差し指の節を顎に当てて何やら考え始めた。


「……もし、差し支えなければそのお店の名をお教え頂けませんか?」

「えっと、『ポーン』というお店なのですが……」

「そうですか。貴女様さえ宜しければその件を調査致しますが、如何致しますか?」


 調査って事は、そのお店で何らかの不正行為があったって事?! おのれ、私のうん──アレをぞんざいに扱うなんてっ。


「お幾らですか?」


 私の言葉に男性ギルド員はお金になると思ったのだろう、アルカイックスマイルを輝かせた。気がした。


「お話が早くて恐縮です。そうですね、二千ドロップ。で如何でしょうか?」

「……いいわ、お願いします。代金は換金額から引いて下さい」

「承りました。それでは、依頼料を差し引いた額。一万三千ドロップをお持ち致します。少々お待ち下さい」


 席を立った男性ギルド員が隣の部屋へと消えて暫し、今度は一枚の封筒と、タブレット大の装置を持ってきた。渡された封筒の中身は鉱物の代金一万三千ドロップだ。


「ん、確かに」

「それでは、契約書を作成致しますので、こちらのプレートに手をお乗せ下さい」


 テーブル上に置かれたタブレット大のプレートに手を乗せる。仄かに輝きを放つ黄色の光が手の平を覆い、カチッ。とした内部音と共に消えた。次いで契約書と書かれた紙を乗せて操作すると、紙に私の手形が浮かび上がった。……これってコピー機なんだ。


「それではこちらに、お名前とご住所をご記入下さい」


 紙と一緒に渡された羽根ペンで、名前と住所を書き込んだ。


「有難う御座います。ええと、アユザワ様。調査は三日程で完了するかと思いますので、その頃にもう一度お越し下さい」

「はい。では宜しくお願いします」

「お任せ下さい」


 男性ギルド員のアルカイックスマイルが輝きを放った。気がした。




 調査を依頼してから二日。飲食店でのバイトの帰り道の事だ。少し話し込んでしまったが為に店を出るのが遅くなった。空には星が煌びやかに輝き、口裂け女が、にやけた様な形の月が赤に染まる。


 路地に入ってからずっと付いてくる足音。早歩きすれば早くなり、立ち止まれば音が消える。後ろを見ても誰も居ない。私は頭を傾げて再び歩き出す。やっぱり付いてくる足音。


 だ~る~ま~さ~ん~が、転~ん……だっ!


 振り返ると慌てて物陰に隠れた人影。暗くてその顔までは見えなかったが、私と同じ位の背丈だ。


「私に何か用?」


 暗がりをジッと見つめて言い放つ。物陰に隠れた人物からの返答は無く、どうしたものかと考える。


 ここは私の知っている日本じゃ無い。法治国家には違いないが、武器の携帯が日常化している異世界だ。無闇に近付いて誰何するのは怖過ぎる。かといって、アパートに戻った所で安心かといえばそうじゃない。ここは人の往来が多い通りに戻り、バイト先の飲食店のおばさまに相談するのが良いだろう。


 そう決めて、物陰に潜む人物を見据えたままゆっくりと後ろへ退がる。これならば、顔バレしたくない相手は動く事が出来ない筈だ。案の定、尾行し掛けたストーカーさんは、再び物陰に隠れた。


 よしよし。このまま距離を取り、曲がり角に差し掛かったら一気駆け出す。そして、バイト先に駆け込む。うん、完璧だ。と思ったのも束の間、背中にドン。と何かが当たる。直後に生温かい蔦が首を絡め取り、口には布切れが当てられた。


「んふっ?!」


 布切れから漂う嗅いだ事の無い匂いに、眼球がブルリと震えて景色が歪んだ。これが何かの薬品だと気付いた時には意識が朦朧とし始め、抵抗らしい抵抗も出来ずに意識を手放した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る