貪婪(どんらん)の影。

「黙ってお借りしてすみませんでした」


 カウンター席に腰掛けてオジサマに面と向かって頭を下げる。私の隣にリリーカさんが座り、カウンターに頬杖を付いた。


「別にお姉様が謝る必要はありませんわよ。勝手に持ち出したのはわたくしなのですから」


 そう言っておばさまが運んで来た水が入ったグラスを手に取り、一気に飲み干して駆け付け一杯を熟したオッサンばりのぷはぁ。を披露する。


「フォワールにもいい加減ウンザリですわ。アレはもうローウルフと変わりありませんもの」

「ローウルフ?」

「コレと定めた獲物を執拗に追い掛け、疲れて動きが鈍った所で襲い掛かる獣だ」


 成る程。ストーカーみたいな獣なんだね。


「お父様、お母様はどう思っていらっしゃいますの?」

「別にお母さんは誰でも良いと思っているのよ? リリーカさえ幸せになれれば、ヨルヴでもカナちゃんでも」


 何故ソコに私の名が上がる? ってオジサマ、帯剣するの止めて貰っていいですかっ!?


「え……? お姉様とですか?」


 いや、恋する乙女みたいな目でチラチラ見られても、私女だからね?!


「それにしても、カナちゃんって美形さんよね。昔のお父さんみたい」

「え? そうなんですか?」


 オジサマに視線を向けるも、オジサマは何も言わずにカップを磨き始めた。


「お父さんも若い頃は女の子にモテモテだったからねぇ。おばさんもね、回復魔法を忘れるくらいに見惚れていたわ」


 ソコ忘れちゃいかんでしょおばさま。にしても、歳を重ねた今もこれだけカッコイイんだから、若い頃のオジサマはもっとカッコ良かったんだろうなぁ。


「……お姉様、ヨダレが出ておりますわよ」

「おっと」


 言われてジュルリと啜り取る。ソシャゲに登場するイケメンさんを想像してた。




 オジサマの店を後にし自室へと戻る途中で、リリーカさんから聞かされた話を思い返していた。私のカンが告げていた通り、フォワールは野心を持っていた。それは、貴族特権の制定だった。


 現在の冠十二位ナンバーズを頭に各貴族に特別な権限を与え、そして私の様な一般市民は、彼等の為に働かされる事になるというのだ。気に入った者には特権を、気に入らない者には制裁を。これが現実となった暁には、自分可愛さに貴族に取り入る為、某独裁国家の様に貴族様マンセー状態になるのは間違いない。


 幸い、この国の王族は代々良識派として知られており、フォワール如きの甘言に惑わされる様な事は無いお方なんだそうだ。そしてそれはその通りだったのだろう。熱心に説いても折れぬ第一位王族に業を煮やしたフォワールは、自らの順位を上げる事に奔走し始めたのだという。


「もしかしたら、フォワールは革命を起こそうとしているのかもしれませんわね」


 リリーカさんは最後にそう締め括った。



「革命、か……」


 元の世界では、悪政を敷いた者に反発して自由を得る為の革命が起こったが、これはその真逆。平和な世の中に戦乱の種を撒き散らす行為に他ならない。


 良識派の王族や冒険者等、現在の政治を快く思っている人達をどうやって黙らせるのかまでは知らないが、行動を始めたという事は何か当てがあるのだろう。


「この街が乱世の中心になるかもしれないな……」


 空に浮かぶ青く輝く丸い月に、そうならない様に。と、心の中で祈った。


「あれぇ、カナちゃんだぁ」


 聞き覚えのある間延びした声。見上げていた視線を落とすと、ローザさんと共に歩いていたマリーさんが小走りで駆けて来る。


「もぉ、部屋に行ってもカナちゃん居ないんだもぉん。何してたのぉ?」

「え? 部屋に来てくれたんですか?」

「そぉだよぉ。カナちゃん急に辞めちゃうんだもぉん」

「一言挨拶くらいあっても良いと思うけどね」


 ローザさんは腰に手を当て全くもう。とため息を吐く。ああそうか。リリーカさんとの一件で、挨拶をしておくのを忘れていた。


「すみません。慌てていまして」

「まあ良いわ。それでどう? これからお祝いを兼ねて飲みに行かない?」


 それは嬉しいお誘いだけれど、今日は色々な事があって精神的にも疲れている。ベッドが恋しくて仕方がない。


「すみません。今日はちょっと……」

「そっかぁ、ざんねぇん」

「明日でしたらお付き合いします」


 明日もリリーカさんと共に中層の散策をする事になっている。フォワールに対しては楔を打ち込んでおいたから暫くは何もしてこないという話だけれど、カーン君と一緒に居る所を見掛けたのが一日だけでは怪しまれる。


「それじゃちょっと困るのよ」

「え……? それってどういう──」

「ああっ!」


 意味。と言い掛けようとした時、マリーさんが大声を上げて私に抱き付いた。ちょ、この人、何気に怪力だな。


「ねぇカナちゃん。聞いて聞いてっ」

「ああ、はい。何でしょうか?」


 私の腕ごとガッチリとホールドしたままで、子供の様な無邪気な笑顔を向けるマリーさん。


「私達ねぇ……お金が欲しいの」


 スンッと唐突に消えた表情、私見つめるウロの様な瞳にゾクリと背筋が凍り付く。その直後だった。いつの間にか背後に忍び寄っていた何者かに口を塞がれたのは。


「ふっ、うんっ!?」


 口一杯に広がる薬品の臭い。一呼吸する度に意識が朦朧としてゆく。こ、これはあの時のっ?!


「ふうっ、んんぅっ!」

「暴れちゃダメだよぅ。ジッとしててねぇ」


 振り解こうにもマリーさんが怪力で以って私の抵抗を無力化し、息を止めても保ってたかが数分。私の意識が闇色に染まるまで、そう時間は掛からなかった。




 ──意識が覚醒する。意識を失う直前の出来事を思い出した私は頬に石畳の温度を感じながら、身動ぎせずに目だけを動かして状況を確認する。


 窓一つ無い石壁で出来た頑丈そうな部屋は、ランタンの明かりだけが頼りで薄暗い。吸い込む空気には仄かにコケの匂いが含まれ、湿気が矢鱈に多く感じる。


「こんなの連れて来てどうするつもりだ?」


 床に横たわる私の背後からした声。恐らくは、コイツが後ろから薬品を嗅がせた男だろう。


「彼女にはちょっと聞きたい事があったからね」


 こっちの声は聞き覚えがある。ローザさんのもので間違いない。


「そんなモン、その辺の飲み屋でも出来るだろう?」

「表じゃ出来ない話だからアナタに頼んだんじゃない」

「ふーん。それはどんな話なんだ?」

「その情報に、幾らの値を付ける?」


 暫し、沈黙の時が流れる。先に破ったのは男の方だった。


「やめた。これ以上は何も聞かねぇ」

「それが懸命だわ。その代わりと言っては何だけど、次はたぁっぷりサービスしてあげるわね」

「そいつぁ楽しみだな。それじゃ、オレは帰るとするか」


 恐らくは立ち上がったのだろう。床を何かが擦る。


「じゃあ、送らせて貰うわ」


 再び何かが床を擦った音がし、次いで扉が閉じられる音がした。話し声が去ったのを見計らい、横たわっていた身を起こそうとする。しかし、手足がシッカリと縛られている為にそう簡単にいかず、仕方なしに芋虫の様に身体をくねらせながら、壁に寄りかかる様にして起き上がった。


「に、逃げなくちゃ……」


 何の話が聞きたいのかは知らない。だけど、攫ってまで聞き出したい話などロクでもない事に違いない。壁を背に立ち上がった私は、ウサギの様に飛び跳ねてドアへと辿り着いた。


 運が悪かった。そう言わざるを得ない。耳を当てようとした時にドアが突然開かれ、私の頭を直撃した。


「イッたっ!」


 ドアで顔を打って花火が飛び散り、倒れた先で床に頭を打って花火が飛び散る。手で押さえる事が出来ないが為に、身体を丸めて痛みに耐えるしかなかった。


「~~っ!」

「あら、起きたのね」


 ローザさんは扉を閉め、丸まって痛みに耐える私の側にしゃがみ込んだ。


「この状況で逃げようとするなんて、アナタって随分強かね」

「何をするんですかローザさんっ!」

「何を? 決まっているじゃない。アナタに聞きたい事があるのよ」

「聞きたい事……?」

「そう、とっても大切な事よ。でもその前に準備をしなきゃね。マリー、例の物を持って来て」

「はぁい」


 扉の向こうに居たのであろうマリーさんが扉を開けて中に入る。その手には金属製と思しき輪っかと、テニスボール程の大きさをした水晶球を持っていた。


「ん? これ?」


 私の視線からそれが気になっているのが分かったのだろう。マリーさんから受け取った輪っかを私の目の前で見せびらかす。


「アナタ前に素敵な首輪をしてたわよね。これはね、あれよりももっと素敵な首輪。その名も『奴隷の枷』っていうのよ」


 奴隷の枷!?


「その顔は理解出来た様ね。これをね、こうやって首に嵌めて──」


 パカリと開いた輪っかを私の首に嵌める。そして、私を見てニヤケるマリーさんが持っていた水晶球を受け取った。


「──こっちの水晶に魔力を流し込むと……」

「がっ!」


 首輪から全身に電気が駆け抜ける。低周波治療器を付けた時の様に意志に反して身体が動き、顔に受けた痛みを遥かに上回る痛みで床を悶え転がる。


「ねぇ? 素敵でしょう?」

「はぁ、はぁ。ぜ、ん然。素敵じゃ無いわ」

「ふふ、良い顔してるわ。イジメ甲斐があるわね」


 コイツ、とんでもないSっ気もちだな。


「さて、これを踏まえてアナタに聞くわ」


 私を攫い、こんなモノまで使って口を割らそうというのだ。コイツの目的はアレ以外に無い。


「アナタが持ち込んだ鉱石。アレを何処で手に入れたのかしら?」


 ローザさんからの問い掛けは、私が予想した通りのものだった。

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