第128話

「それで、小生の団員達に聞きたい事があるとか……?」


 樽を脱ぎ捨てても樽と変わらぬ体型の樽団長さんは、被っているシルクハットをテーブルの上に置いて、帽子のてっぺんをトントン。と叩いて持ち上げると、中から淹れたてホカホカの紅茶が出てきた。ナニコレ凄い!


「実はこのコの飼い主を探してまして」


 カゴから『リンクス』をテーブルの上に乗せると、シルクハットを被り直した樽団長は金の鎖で繋がった片眼鏡モノクルをクイッと持ち上げる。


「ホウ。これはまた立派な珍獣ですな。宜しければ、これで買い取りますぞ」


 樽団長さんは指を三本立てる。それは三万って事か? それとも三十万か?


「いえ、買い取りじゃ無くてですね……」

「では、こちらで」


 今度は五本。それが五十万だとしても、足らなさ過ぎるわ。鑑定結果は三億だぞ!?


「だから売りに来たんじゃ無くてですね――」

「ならばこちらで」


 とうとう樽団長は掌の指を全部使った。


「ですから――」

「ええい、じゃあこうしましょうっ」

「うおっ!」


 樽団長の背中からひょっこりと別の手が二本現れた。ビックリしたぁ。


「――なるほど、そういう訳でしたか」


 やっと話を聞いてくれた樽団長は、冷めかけの紅茶が入ったカップをコトリ。と置いた。


「しかし、団員でこんな獣を飼っている者は見た事がありませんな」

「そうなんですか……」

「ええ。これ程の珍獣、誰かが飼っていたら憶えているはずですからな。小生の団員では無く、別なお人でしょうな」


 だとしたら、一体誰が飼っているのだろう……


「すみません。お時間取らせてしまって……」

「なんのなんの。ご期待に添えなくて申し訳無いですな。ところでお嬢さん、これで売る気はありませんかな?」

「ひいっ!?」


 樽団長の背中から、更に多くの腕が生えた。千手観音かオマエはっ!




 アテにしていたサーカス一座が空振りに終わり、明かりが灯る街中で休憩がてら夕食をとっていた。


「オマエの飼い主は何処に居るんだろうね?」


 途中、屋台で買ったお好み焼き風鉄板焼きを、ひたむきにムシャぶりつく『リンクス』に話し掛ける。


 樽団長も珍しがるこのコ。飼い主は心配しているだろう。出来得る事なら飼い主の元へ還してやりたい所だが、手掛かりはもう無い。


「うーん。このコの似顔絵でも作って貼り出そうかな……」


 電柱などに貼ってある、このコ探してますみたいに……


「張り紙!?」


 ダンッと手をテーブルに付いて立ち上がる。『リンクス』はビクッとして食事を止め、周囲の人達は何事かと奇異の目を向けた。そうだ。まだ手が残されていた。アソコなら知っている人が居るかもしれない。


 『リンクス』をカゴの中に入れて、冒険者ギルドへと足を向けた――

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