罪の行方。

 ウォルハイマーさん達が洞窟内に消えてからどれ程の時間が過ぎただろう。私を囲み、言われた通り警戒をしている衛兵さん達は、何一つ言葉を交わす事無く任務を続け、場には大河から押し寄せる小さな波の音と重苦しい雰囲気だけが漂っていた。


 ガチャリ、ガチャリ。さざ波に混じって金属製の音が耳に届き始める。陽の下に姿を見せたウォルハイマーさんのその表情は険しかった。続いて出て来た衛兵さん達が二人で運ぶ黒塗りの袋。その中身がマリーさんの遺体である事は容易に想像出来た。


「辛いでしょうけれど、確認をして頂いても宜しいですか?」


 袋が開かれると、ドクリ。と心臓が大きく波打つ。祈る様に手の平を組み青白いその表情からは、仇を取って。と訴えている様な気がした。無意識に胸元に手を添え、服をギュッと掴む。


「間違いありません。マリーさんです」

「そうですか。では、街に戻りましょう。貴女にも聞きたい事があります」

「分かりました」


 重々しい雰囲気を引き摺りながら、私達はキュアノスへと歩き出した。




 ──キュアノス警備隊本部。キュアノス下層域の、中層域への東門と外への東門との中間にある石造りの大きな建物だ。門を潜った右手には学校の校庭位の広さがある広場があり、そこでは衛兵さんや衛兵見習いであろう人達が、木剣や槍に見立てた棒を手に訓練に勤しんでいた。


「こちらです」


 手の平で示して先を行くウォルハイマーさん。遅れない様にとその後をついて行く。案内されたのは左手に建つ石造りの建物。その一階部分である小さな部屋。木製の机が三つに椅子も三つ置かれているだけの、応接室には程遠い簡素な部屋。窓に格子が嵌められている事から取調室なのだろう。


「そう緊張しなくても大丈夫ですよ。しかし、アユザワさんにも嫌疑が掛けられています。それを払拭する為にも貴女が見た出来事をお話し願えませんか?」

「分かりました。お話します」


 私が席に着くと、ウォルハイマーさんも向かいに座る。そして、入り口に居た衛兵さんが彼に何かを手渡した。それは、良くお店のカウンターに置かれている、上のボタンを押せばチーンと鳴るベルに酷似していた。


「それは……?」

「ああ、これはウソを見抜く事が出来る魔道具です。名前は『大法螺おおぼら見抜く君三世』と云います」


 大法螺見抜く……? つまりはウソ発見器って事!? ま、まずい。私が隠しているアレやコレが全部分かってしまうっ。


「どんなものか実演してみせましょう……アユザワさん、私は貴女が好きです」

「えっ」


 突然の告白。私をジッと見つめる真剣な眼差しに頬を赤らめ視線を逸らす。ドキドキと胸が高鳴り、そしてベルもチーン。と鳴る。


「ウソです。私には妻が居ますので、貴女を好きにはなれません」


 それ非道くないっ?! 乙女の気持ちを弄ばないでっ!


「これが『大法螺見抜く君三世』の効果です。お分かり頂けましたか?」


 だから名前っ。もう普通に嘘発見器で良いじゃないかっ。……そんな事よりどうしよう。今更話すのは嫌ですとは言えない状況だし、逃げ出せば私がやったと言うようなモノ。どうしようか、どうしたらいい? とあれこれ考えている内に聴取が始まってしまった。


「それでは、お話をお聞かせ下さい」

「は、はい」

 

 先ず私は、自分が攫われた経緯から話して聞かせる。オジサマの店からアパートに戻る途中、ローザとマリーさんが現れた事。そして、何者かに薬品を嗅がされて眠らされた事。これ等は本当の事なので心配はしていなかったが、心臓の鼓動だけは早打ちしていた。


「目を覚ました時には、灯台の地下牢に居ました」

「成る程。それで……?」


 今までカリカリと書き進めていた羽ペンの音も止み、室内に静寂が満ちる。早鳴る心臓の音だけが内から響く。


「ローザは私に、売った鉱物の出所を聞いてきました」


 ここからだ。ここからが問題なんだ。


「鉱物、ですか。どうして出所を聞こうとしたのか、お分かりになりますか?」

「多分、お金が欲しかったんだと思います。彼女の口から出たのはお金の事ばかりでしたから」

「ふむ。それで貴女は入手先をお話したのですか?」

「はい。ローザは『奴隷の枷』を嵌め、私を脅しました。だけどその事を話して聞かせても、ローザは信じる事無く私を拷問に掛けました」


 カリカリカリッ。とウォルハイマーさんの左後ろの席に着いている衛兵さんの羽ペンが音を立てる。


「なるほど。それで?」

「その拷問を止めてくれたのはマリーさんでした。ですがローザは元々彼女を殺すつもりだったらしく、別の枷を彼女に嵌めて動きを封じてそして──」

「殺した、と」


 私はコクリと頷く。


「なるほど、話は分かりました。最後に一つ。貴女が売った鉱物は何処で手に入れた物ですか?」


 き、来た。


「……も、森です」

「森?」


 ウォルハイマーさんの表情が険しくなる。でも、あれ? 鳴らない?! 何で!? 明らかにウソなのにっ?!


「どうかなさいました? 『大法螺見抜く君三世』を見つめて」

「い、いえ。何でもありません」

「貴女が言う森とは、死の森の事ですか?」

「ど、どう云われているのかは知りませんが、南東に鬱蒼と茂る森の中です」

「ふむ、そうですか。話は以上ですね?」

「は、はい」

「では、これで終了しましょう」


 ハーッと大きく息を吐く。き、緊張した。けれど、何で鳴らなかったんだろう? ウォルハイマーさんの時は鳴ったのに……


「失礼しますウォルハイマー卿」


 開け放れたままのドアから一人の衛兵が姿を見せ、ウォルハイマーさんに敬礼をした。


「容疑者ローザ=フュリエールを連行致しました」

「そうか分かった」


 言ってガタリと立つウォルハイマーさんに、私も思わず立ち上がる。


「あ、あの……私も行って宜しいでしょうか?」

「貴女も……? それは何故かな?」


 何故……? 改めて問われると明確な理由が見当たらない。虚偽の発言をすれば魔道具が反応するから捕まった時点で刑は確定している。行かなきゃいけない気がする。私のナニカがそう囁いている。


「女のカン、です」

「女のカン、か。それじゃあ不十分だ。聴取が終わるまでここでお待ち願おう」

「お願いします! 聴取の邪魔はしません、外で話を聞くだけでいいですからっ」


 部屋を出て行こうとするウォルハイマーさんの背中に嘆願する。ウォルハイマーさんは背中を向けたままで大きなため息を吐いた。


「……分かった。良いだろう」

「たっ、隊長?!」


 側に居た衛兵さんが驚きの声を上げ、ウォルハイマーさんが衛兵さんの肩に手を置いた。


「ジーヴェ。『女のカン』というのはバカには出来んぞ。得てして真実を見抜く」


 ウォルハイマーさんの言葉にジーヴェさんは、はぁ。と気の抜けた声を出した。


「アユザワさん、これだけは約束して下さい。室内には決して立ち入らない、と」

「分かりました。有難う御座います」

「では、参りましょう」


 言って歩き出したウォルハイマーさんの背中を追い掛けた。




 私は壁に寄り掛かり、中の様子に聞き耳を立てる。


「先ずはお名前とお歳を伺います」

「ローザ=フュリエール、二十五よ。ねぇ、何も聞かされてないんだけど、私に何の容疑が掛けられているの?」

「その前に、この魔道具の効果をお見せしましょう」

「魔道具?」

「ローザさん。私は貴女が好きです」

「え……」


 室内を静寂が支配する。それを破ったのはチーン。としたベルの音だった。アンタ、毎回そんな事を言ってるのか?


「ウソです。私には妻が居ますので貴女を好きにはなりません」

「べ、別に私は奥様が居ようが構わないわよあなたイイ男だし。どう? 奥様以外の女も味わいたいって思わない?」


 流石はローザ。肝が座っている。こんな所に来ても色仕掛けをするとは。


「ところで、この道具って何なの?」

「大法螺見抜く君三世です」

「大法螺……?」

「ええ、先程貴女は何も聞かされていない。と仰っていましたが、貴女に掛けられた容疑は監禁、拷問、そして殺人です」

「殺人?! 私がそんな事する訳無いでしょっ!?」


 ダンッ。と激しい音にガタリ。と何かが転がった音。そして、チーン。というベルの音。音だけ聞けばコメディだな。


「では、監禁に拷問は?」

「そんな事も知りませんっ」


 ベルがチーン。と鳴る。魔道具恐るべし。コレ、日本にあったらすっごい便利だろうなぁ。言い逃れが絶対に出来ない。


「だっ第一。一体誰がそんなデマを流したっていうの?!」

「とあるお方。とだけ言っておきましょう。そのお方によると、貴女は一人の女性を拉致、監禁し、拷問に掛けた。そして、職場の同僚を殺して逃走した。そう言っておられるのです」

「……そ、そんな事してません」


 チーン。ベルの音と共に室内が静まり返る。壁越しに中をソッと覗くと、椅子に座ったローザが俯いて親指の爪を噛んでいた。


「さて、ここまでの質問に全て魔道具が鳴った訳ですが、何か言う事は御座いますか?」


 流石にここまでウソを看破されては罪を認めるしか無いだろう。そう思っていた。


「……待って。今までの発言はウソだった事を認めるわ。だけどそれは違うのよ」

「違う? 監禁、拷問、殺人は貴女がやった事でしょう?」

「そうよ、私がやったわ。だけどそれは、命令されて仕方なく──」


 チーン。このベルの音が彼女に止めを刺した。ジロリと睨み付けるウォルハイマーさんにローザは椅子に力なく凭れ掛かる。その姿は二十五とは思えない程に老けて見えていた。

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