第104話

 リリーカさんの十六とは思えない答えに、内心驚いていた。


「だ、だけど、このままじゃ……」

「いえ、このままで良いのです。寧ろ、これ以上は踏み込んではなりません」

「え、どういう事……?」

「これ以上は、お姉様の身が危険に晒される事になるからです」


 え……


「お姉様を亡き者にして、失意の只中にあるわたくしを手に入れる。そういう決断をさせてはなりません。今は、『アシュフォード』という名が防壁の役目を果たしていますが、それもいつ崩壊するか分からないのです。ですから、フォワール卿を追い詰める様な事はなさらないで下さいませ」


 驚いた。そこまで熟考していたんだ……


「それにしても、『アシュフォード』ってどんな人なの? フォワール卿も驚いていたけど……」


 以前聞いた時は上手い事はぐらかされたが、防壁の役目を果たす程のネームバリューは、気にならない訳が無い。


「『アシュフォード』とは、救世の英雄の名ですわ」


 今より昔、遥か東方の海に浮かぶ島国で、一匹の魔獣が産声を上げた。混沌より闇の軍勢を呼び寄せた魔獣は、あっという間に島国を制圧すると今度は、西の大陸へとその矛先を向ける。


 混沌の七頭龍セヴンヘッズ・カオスドラゴン。後の世にそう名付けられた魔獣と暗黒の軍は、暗雲を穿って地に舞い降りた一人の男によって島国へと追いやられ、滅びを迎えた。


 滅びの間際、混沌の魔獣は大地に腐敗の呪いを掛けたが、『アシュフォード』は島国全体を結界で覆い、今も尚その呪いが広がるのを防いでいるのだという。


「呪われし血族アシュフォード。いつの頃からかその様なデマが流布し、それを信じている者も少なくはありません」

「その一人がフォワール卿……」

「はい、そうです」


 救世の英雄をそんな風におとしめるなんて……


「あ、でも。関係無いって言っちゃったけど?」

「そこは大丈夫です。お姉様の態度から、フォワール卿に懐疑を生じさせる事に成功しております。もしもあの時、お姉様が全力で否定したならば、今こうしている事も無かったかもしれません」


 再び窓の外へと視線を移すリリーカさん。ガタゴト。と進む馬車の中で、私は背中に冷たいモノを感じていた。




 オジサマのお店まで送って貰った私は、そのまま自室に戻る。室内をボンヤリと見つめたまま、今日の事を思い返していた。


 良かれと思ってした事が、こんな結果になるとは……


「あの達の方が立派な大人だわ……」


 自分の未熟さを痛感しながらベッドへとダイブし、額を抑えて転げ回った――

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