第132話

 豊穣祭最終日。朝日が照らす大通りは人もまばらで、開店準備を進める人達の背中は何処と無く寂しさを感じられた。『準備中』と札が下げられたドアの取っ手を掴んで押し開くと、鍵は掛かってはおらずにスンナリと開いた。ガラランッ。と来客を示す音が鳴り、店内に居た人達が一斉にこちらを向く。


「お早う御座います。お姉様」


 普段とは全く違う他所行きの服を纏い、リリーカさんは笑顔で挨拶をする。だけど、向けられた向日葵の様な笑顔は何処と無く緊張感が漂っていた。


「お早う、リリーカさん。オジサマもおばさまもお早う御座います」

「お早う、カナちゃん」


 相も変わらず不愛想なオジサマは、挨拶代わりに淹れたてのコーヒーをカウンターに置いた。


「有難う御座います。美味しいです」


 一口飲んでニッコリと微笑みながら礼を言うと、オジサマは照れ隠しと言わんばかりに背を向ける。カワイイのぅ……


「お姉様、コレがそうなのですか?」


 リリーカさんはカウンターに置いた木箱に釘付けになっていた。この木箱、ただ布を被せたよりは良いだろう。と購入したが、汚れ具合が中々に良い雰囲気を醸し出している。


「うん。コレが私の最終兵器」

「へ、兵器……?」


 兵器。といっても戦争の道具じゃないよリリーカさん。まあ、争いを終わらせるって意味では同じかもしれない。


「あらまあ、中に何が入っているの? おばさん気になるわぁ」

わたくしも気になります。お姉様、見せて頂いても宜しいですか?」


 自身の貞操が左右されるモノ。確かに気にならない筈はない。


「それは、リリーカさんが決めて良いわ」

「え……? わたくしが、ですか?」

「ええ。この箱の中身は、カーン=アシュフォードが婚約者フィアンセ、リリーカ=リブラ=ユーリウスに贈った品。今日からコレは貴女の物。だから売るなり焼くなり好きにして良いのよ。返せ、なんて野暮な事は言わないから安心して」


 お金に変えられないのは残念だけど、リリーカさんの為に手放すのなら惜しくは無い。私から産まれ出たアレで申し訳無いとは思うけどね。


 リリーカさんはゴクリ。と固唾を呑み、微かに震える手を箱へと伸ばす。そしてその動きを急に止めて腕を下ろした。


「リリーカさん?」

「ここで拝見させて頂くのは止めておきますわ」

「え……」

「コレは決闘の場で拝見させて頂きます。お姉様、万が一負ける様な事になっても、わたくしはお姉様の事をお恨み申し上げたりは致しませんわ」


 強い意志が感じられる瞳が、私をジッと見つめていた。本当なら不安でしょうがないだろうに……。だから私は、その不安を払拭させる言葉を発した。


「リリーカさん。貴女は何か勘違いをしているわ」

「え……?」

「万が一なんか微塵も無い。完全な勝ち戦よ!」

「…………はいっ!」


 満開の向日葵の様な笑顔でリリーカさんは応えた。


「あらまあ。カナちゃん、リリーカの事、幸せにしてあげてね」


 何でそうなるっ!?

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