第160話
白髪の使用人さんを押し退ける様にして姿を見せた人物は、服装こそ貴族の婦人方が着ている物であるものの、髪は乱れて目を赤く泣き腫らし、憔悴しきったその顔は貴族とは思えない程。四十代と思しき外見から、恐らくこの人が夫人のマチルダさんなのだろう。
そのマチルダさんがリリーカさんの前まで来ると、崩れ落ちる様にして両膝を地面に着いた。その手はしっかりと合わせられ、まるで祈りを捧げるかの様に見えた。
「ああ、『リブラ』様、お願いです。どうか……どうか主人の仇をお取り下さいませ」
主人とはノーザン男爵の事と思って間違いないだろう。だけど、仇って穏やかじゃないな……
「仇も何も、男爵は過労で亡くなられた。というお話ではありませんか?」
「いいえ、とんでもない! あの人の身体は健康そのものでした。しかし、いつの頃からか奇妙な夢を見る様になったのだと主人は言っておりました」
奇妙な、『夢』ねぇ……
両膝を地に着けたまま、リリーカさんを見上げて懇願する夫人に、控えていた使用人さんが側に跪き、夫人の背中に手を添える。
「奥様、お身体に障ります。お屋敷へお戻り下さいませ。『リブラ』様もお連れの方もどうぞ中へ」
「いえ、
リリーカさんはポケットから『リンクス』の似顔絵を取り出して、夫人の前に差し出した。
「
似顔絵をジッと見つめていた夫人は、やがて首を横に振る。
「いいえ、主人はこの様な獣は飼っておりませんでした」
「そうですか。お時間をお取りして申し訳ありませんでした。それでは
似顔絵をポケットに仕舞い込み、リリーカさんは夫人に背を向ける。と、夫人は去ろうとするリリーカさんの手を取って引き留めた。
「お待ち下さい『リブラ』様!
「マチルダ夫人。この件に関しましては、
リリーカさんの肩に手を置いて、ともすれば今にも怒鳴りそうな気持ちを諌める。
「まあまあ、落ち着いて。男爵夫人、一度決定された事を覆すのには、それなりの証拠が必要になると思います」
チラリ。とリリーカさんの方を見る。彼女がコクリ。と頷いている事から、言った通りなのだろう。
「なので、私達に出来る事は男爵夫人のお話を聞くだけになりますが、それでも宜しいでしょうか?」
「お、お姉様!?」
男爵が見ていた『夢』というのが気になる。
「別に話を聞く『だけ』だから、問題無いでしょ?」
「しかし…………分かりました。お姉様がそう仰るのなら」
ほんの少し明るさを取り戻したマチルダ夫人に誘われ、私達は屋敷へと足を踏み入れた。
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