所在不明の宿。
オジサマの店を飛び出し、お宝を布で包んで籠に入れて再び戻ったオジサマのお店。カウンターに置いた籠を覗き込んだおばさまは、鳥肌が立つ程の声を上げた。
「いやぁんっ、かわいいっ」
籠から取り出したおばさまは、赤ちゃんをあやすような仕草で身体を上下に震わせる。その際、お腹のお肉も一緒に上下していた。たゆんたゆんだ。
「お姉様、もしかしてこの子ですか?」
「この子はその、いつの間にか籠の中に紛れ込んでて……」
布に包んであるとはいえ、手持ちで移動するのは不味かろうと籠に入れて持ち出した所、いつの間にか空きスペースに入り込んでいた。気付いたのは道程を半分程過ぎた辺りだった為に、仕方なく一緒に連れてきたのだ。
「……へぇ、コイツは珍しいな」
「オジサマご存知なんですか?!」
「コイツは恐らくハンバナニルの子供だ」
「ハンバナニル?」
「ああ、西方の高原に棲んでいる魔獣でな、別名は『漆黒の悪魔』と云われている」
大人は大型犬くらいの大きさで夜行性。その毛も黒いが為に夜間の視認はほぼ不可能。それが百キロを超えるスピードを出せるのだというのだから、襲われる側としては恐怖以外の何者でもないのだという。
「コイツを狩りに行って逆に狩られるなんて話はしょっちゅうさ」
街を救った事のある英雄のオジサマでも、もう二度と会いたくないと言わせる程の獣らしい。
「そんなの街中に置いておいて大丈夫なんですか?」
「まあ、子供のうちから飼い馴らせば問題はないらしい。現に、貴族共の中にはペットとして飼っている奴も居るくらいだしな」
『貴族共』って。オジサマもその一員なの忘れてません?!
「へぇ、そうなんですか」
「ああ、コイツの捕獲依頼は今でも有る筈だ。報酬は高額だがリスク以外の何者でもない。今頃も命知らずの奴等がエサになっているだろうよ。難易度に換算するとすれば……Sクラスだな」
「だからカナちゃん。この子を見せびらかしちゃダメよ?」
「分かりました」
おばさまから私の腕の中に居場所を移した猫の様な魔獣も合わせたかの様に『にぃ』と鳴いた。
「それでお姉様。お宝というのは?」
「ああ、それはコッチ」
籠の中から布で包んだ石を取り出してカウンターに置く。そしてその包みを取ると、オジサマ達の表情が驚愕へと変わった。
「こ、コイツは……」
「こ、これがお姉様の言うお宝……」
「凄いわね。まるで鮮血の様に真っ赤な宝石なんて、おばさん初めて見るわ」
「その姿から付けた名は『ブラッディ・ルビー』。恐らくはこの世で唯一無二の宝石です」
カクテルからちょっとだけ捩った名前だけれど、中々に良い名前を付けたと思う。それと唯一無二とも言ったが、量産は恐らく可能だろうけど私はもう二度とこんなモノを産み落とすつもりはないから、現物はコレしか無い。
「勝てます……これなら絶対に勝てますわお姉様っ!」
向日葵の様な笑顔を取り戻したリリーカさんは、私の手を取ってその笑顔を輝かせた。
──翌日。月イチの
「籠から出ちゃダメだからね」
そう言うと、『にぃ』ちゃんはにぃ。と鳴いた。言葉が理解出来ているとしか思えないタイミングだな。
お祭りも終盤とあって通商ギルド『アルカイック』も大賑わいをみせていた。沖合には三隻の魔導貨物船が停泊し、陸では大型小型。様々な貨物が倉庫へと運ばれてゆく。
そんな大忙しの最中、申し訳ないと思いつつもニューフェイスの受付嬢に、ルレイルさんへのお目通りを願い出た。
「畏まりました。少々お待ち下さい」
ギルド名を体現するかの様にニッコリと微笑む受付嬢。軽く会釈をすれば、その服の中に潜む悪魔がこぼれ落ちそうなくらい揺れる。
受付嬢が奥へと引っ込んで暫し、胸部の悪魔を盛大に揺らしながら戻って来た受付嬢。その後ろには、滅多な事では揺らぐ事のない真のアルカイックスマイルを浮かべた人物が居た。
「こんにちはアユザワさん。今日はどの様なご用件でしょうか?」
「忙しい所すみませんが、鑑定と換金をお願いしたいのです」
「ふむ……分かりました。ではどうぞ奥へ」
ほんの少し間が空いたところをみると、私の意図を察してくれたらしい。
「シャロルさん。お茶は要りませんのでそのまま持ち場に戻って下さい」
シャロルと呼ばれた受付嬢が分かりましたとお辞儀をすると、その胸部の悪魔が猛威を振るう。
「お人払い有難う御座います」
「いえ、前回の事を思えば当然の処置でしょう」
それを言わなくても分かってくれるなんて、出来たアルカイックスマイルだ。
案内されたのは、前にも使った事のある応接室。そこそこ価値がありそうな品々が、代わり映えなく置かれている。
「それで、鑑定の品は?」
「ええ、籠の中なんですがこの子が寝入ってて」
「この子? ……ホゥ」
テーブル上に置いた籠の中を覗き込んだルレイルさんが、アルカイックスマイルで唸る。
「これはハンバニナルの子供ですな」
「あ、ご存知でしたか」
「それはそうですよ。流通業を営む者として、出所不明の生物など入れる訳にはいきませんから」
それもそうか。
「それで、どうしてアユザワさんがお持ちなのですか? 捕獲難度が非常に高い珍獣の子供なんて……ああ、そういう事ですか。今回の依頼はこの獣の鑑定ですね」
「違いますっ。この子はこの後にサーカス一座に行って──」
「売るんですね?」
「売りませんって!」
どうしても金に変えたがるんだな。
「この子の飼い主を探しているんですよ」
にぃちゃんとの出会いをかくかくしかじかと話して聞かせると、ルレイルさんはうんうんと頷いた。
「なるほど、それでサーカスに。いい判断ですね」
「見付かるでしょうか?」
「うーん、どうでしょう? でも、可能性は高いですね。将来見せ物にする為に所有しているのかもしれませんし」
言い方がヒドイ。見せ物て。
「そうだ。ルレイルさんはタイヤキ船って宿をご存知ですか?」
「タイヤキ船、ですか? いいえ、存じませんが」
「うーんそうですか……」
「その宿に何かご用なのですか?」
「ええ、知り合いが泊まっているので会いに行こうと思ってまして」
タイヤキ船に泊まっているから何かあったら訪ねてくれ。そう、カレー……カーリィさんは言っていた。実際に会いたいのは彼ではなく、彼のパーティの一人である女性。
「冒険者で魔術士の人に例のネックレスを聞いてみよう、と」
「なるほどそういう事ですか。ですが、タイヤキ船という宿名は存じませんね。お役に立てず申し訳ありません」
「いえいえ。自力で探してみますので」
「そうですか。では、お喋りはこれくらいにして鑑定をしてしまいましょう。探し物がある以上、長く引き止めてしまう訳にはいきませんからね」
そう言って席を立ったルレイルさん。ホント、よく出来たアルカイックスマイルだ。
見上げた空は青々として、どこまでも広がっている。
「タイヤキ船だぁ? そんな宿なんか無かっぺよ」
「タイヤキ船? いいえ知らないわ」
「タイヤキ船ー? この辺じゃ聞かないお店ねぇ。ところであなた、ウチのお店で働かなぁい? 美人さんだし、スタイルもなかなかね。お客さんと一晩泊まってくれるだけの簡単なお仕事だからぁ。どうかな?」
流石に無いと思ったが、如何わしいお店にも一応聞いてみた所、危うく従業人の仲間入りを果たしてしまう所だった。
「一体何処にあるのよ……」
もしかしたら思い違いをしているんじゃないかと薄っすらと気付いてはいるのだが、それを修正出来る程に長住まいじゃないからなぁ。
「あら? もしかしてカナさん?」
「え? あ。ルリさんっ!」
何という偶然か。こんなに広い街中で意中の人に会えるとは。
「ああ、丁度良かった。ルリさんに相談したい事があって、タイヤキ船に行こうとしてた所なんですよ」
「タイヤキ船……?」
不思議そうな顔をするルリさんに、私は頭を激しく上下に振る。
「そうです。以前カーリィさんからタイヤキ船に泊まっているからって聞いて……」
「それって『大河の汽船』じゃないかしら」
「……え?」
「た、い、が、の、き、せ、ん」
「…………」
暫しの沈黙の後に顔の表面温度が急激に跳ね上がる。もしこれがマンガやアニメだったのなら、顔から火が吹き出た描写が成されるであろう事が容易に想像出来た。穴があったら入りたい。とはこの事かっ!
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