第150話

 アパートを後にして目に付いたのは、広場に並ぶ数多の荷馬車と引き手である馬達。荷台では人が忙しなく動いている反面、馬達は暇そうにしながら出発の時を待っていた。


 出発準備の邪魔をしない様、スルリ。と横をすり抜け、時には立ち止まり道を譲る。向かう先は冒険者ギルド。昨日、『リンクス』の飼い主を探し当てる為の目処が立った所で店仕舞いとなってしまい、その方法を伝える為だ。


「あ、アユザワさん」


 私の事を見つけた受付嬢が、小走りで駆け寄ってくる。


「お早う御座います。飼い主を特定する為に幾つか質問をしたいので、六人……いや、九人か。その人達に、下層と中層を隔てる第二城壁の衛兵詰所に来る様伝えて下さい」

「例のアレは上手くいったのですね」

「ええ、衛兵詰所内なら。という事で許可が貰えました」

「分かりました。九人の飼い主さんにお伝え致します」

「お願いしますね」


 お任せ下さい。と微笑み、受付嬢は連絡の為に戻っていった。


「さて、と」


 後は受付嬢に任せて、次なる目的地に足を運ぶ。行き先はマジックアイテムショップ。ルリさんのアドバイス通りに『発光石』なるアイテムを買う為だ。




 ――そして夜。私は見知らぬ場所に立っていた。明らかに人の手が加わった石壁、滑って転ばない様ワザと荒く削った石畳。淀んだ空気は粘液の様に身体に纏わり付き、苔の青々しい臭いが鼻をつく。この様な場所には覚えがあった。以前、囚われた時の地下牢に良く似ている。


 石で出来た通路は真っ直ぐに伸び、所々に置かれたランタンが、獣油特有の臭いを放ってユラユラと揺らめいていた。振り返れば道は閉ざされ、前に進むしかない様だ。


 足元を確かめる様に、恐る恐る前へと踏み出す。奥へと進む毎に苔や獣油とは違った臭いが、荒い呼吸を繰り返す鼻を通して伝わる。生臭く鉄が錆びた様な臭い……。これもまた、私が嗅いだ事がある臭いだった。


 暫く進むと行く手は行き止まりになっていた。しかし、行き止まりの右の壁には鉄製の格子が嵌められていて、どうやらソコは牢屋の様だ。


 格子の隙間からソッと中を覗き込むと、より強い錆の臭いに思わずむせ返る。中はちょっとしたカフェくらいの広さがあり、木製のテーブルや木箱などが置かれていて、壁際には大きな柱時計がカッチコッチと時を刻んでいた。


 誰か……居る!


 牢屋内には光源が無い為にハッキリとは見えないが、木製の木箱の先に朧げながら人の姿を見つけた。と、ガチンッ。柱時計が時を指した音がする。途端、眩い光が私の目を焼いた。

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