第23話 ようやく

(……やっぱり若菜さん、安定して1位か)


 何に対しての感想かと言えば、廊下の掲示板に貼り出された定期考査の順位表を見てのモノである。

 先週金曜がテスト期間終了日で、週明けの今日には貼り出されているスピード感。

 教師陣は土日を捨てたのかもしれない。


 1位の利央から50位の生徒まで名前が公開されている。

 それより下の生徒はあとで個別に通知されるのが常で、飛竜は毎回同学年全177名中の100位前後をうろついている感じだったが、


(よし……33位)


 2年生最初の定期考査は大躍進であった。

 欲を我慢してグレートティーチャー利央から勉強を教わった賜物と言える。


「――お、それは頑張りましたね」


 現在は昼休みなので順位表確認後にいつもの非常階段に向かい、先んじて場所取りをしていた利央に結果報告するとにこやかに喜んでくれた。


「若菜さんは確認してこなくていいのか?」

「見なくても分かりますので」


 これが王者の余裕だろうか。


「一応言っておきますけど、自習は引き続き頑張ってくださいね? 33位は悪くありませんが、私と同じ大学に行けるかは怪しいので」

「了解」

「ですが、いきなり結果を出せたんですから凄いと思います。ほんと、よく頑張りましたね」


 利央がそう言って頭を撫でてきたので、飛竜は恥ずかしくなってそっとその手を払い除けた。


「そういうのいいって……」

「ベッドの上ではもっと恥ずかしいことをしているじゃないですか。子供扱いを嫌がるどころか、赤ちゃんのように私の――」

「そ、それはそれ、これはこれ」

「同じですよ」


 利央は半ば強制的に頭なでなでを実行してきた。

 やはり照れ臭さは晴れないものの、利央とのスキンシップはもちろんイヤじゃないので飛竜は甘んじて受け入れ続けることになった。

 

「――お、利央ちゃんも一緒だw」

 

 やがて放課後を迎えて帰宅すると、早めの夏休みと称して自宅滞在中の母・希実香と鉢合わせた。

 ちょうど飛竜たちと入れ違うように玄関で靴を突っかけている。


「買い物?」

「そ。夕飯の買い出しと、他にもテキトーに色々。割と時間掛かると思うから、楽しむなら今のうちだぞ~w」


 ニヤニヤしながらそう言い残し、希実香は玄関から立ち去っていった。


「ふむ……私たちの関係、バレているかもしれませんね」

「……女の人ってなんで鋭いんだよ」

「男性よりか弱い分、感覚的な部分が発達してるとかですかね。知りませんけど」


 ともあれ、2人はこのあと開き直ってコトに及んだ。

 勘付かれたのであれば、無理に隠す必要はないと結論付けてのことだ。

 希実香が飛竜たちのマイナスになる行動(口外するなど)はするはずがないので、そこを信頼しての開き直りでもあった。


「そういえば、映像クリエイターとしての活動はどのように進展させるんです?」


 やがてコトを済ませた2人は風呂場で湯船に浸かり始めている。

 飛竜は利央に背中を預けられ、リクライニングシートのような扱いだ。

 しかしそれはそれで良いモノであり、利央の裸体に腕を回してお腹をさすったりしても抵抗されないのは、信頼の証のようで嬉しい。


「私を演者にしてショートフィルムを撮るとか言っていましたが」

「そうしたいけど、どういうテーマで撮るべきか悩んでてさ」


 ただ闇雲にカメラを回しても意味はない。

 何事もそうだが、最初にコンセプトやテーマを決めないと色々ブレてしまい、最終的なクオリティーがガタ落ちするのだ。


「私を演者にするなら、テーマは『不自由からの解放』なんていかがでしょう?」

「お……なんか良さげかも」


 利央からのアイデアを受けて、飛竜の中にも思い浮かぶモノがあった。


「解放って言うと……例えばだけど、引きこもりの少女が再起するシナリオのショートフィルムってどうだろ……部屋で閉じこもってるシーンから始まって、勇気を振り絞って外に出る解放感。それを数分かけて丁寧に描くんだ」

「部屋での絵面ばかりだと冗長になりそうな気もしますね」

「確かに……。じゃあ部屋から出るまでのシーンを圧縮して、出たあとのシーンを追加だ。鬱屈とした家から解放されてその子が楽しく学校に行ってる姿を挟んだあとに、自宅の床に血だまりが広がってるシーンで終了」

「おや、意味深ですね……その子は親を殺すことで晴れやかな解放感を手に入れた、ってことです?」

「その通り。細かい動機はヒントを散りばめて、観た人の判断に委ねたい」


 それくらいのインパクトと、何かしら考察出来る余地がないと、映像作品としてはつまらない気がするのだ。


「なるほど、それは結構良いような気がします。エンタメですね」

「でもさ、若菜さんからの連想でそのオチはちょっと失礼だよな……」

「いえ、気にしなくて大丈夫です。フィクションと現実の区別は付いてますので」


 利央は理解を示すように呟くと、身体の正面をくるりとこちらに向けてきた。


「ちなみにそれを撮影したとして、動画サイトに投稿するんですか? それともコンテストなどの公募に送るんです?」

「迷ってる。今の時代だと動画サイトで下地作ってバズるのに賭けた方が良いとは思うけど」

「ですね。私もそう思います」

「じゃあ……動画サイトに投稿するつもりで撮ろうかな」


 ドラマ仕立てのショートフィルム投稿チャンネルを制作し、育てていく。

 これが飛竜の今後の目標になりそうだ。


「でも今更だけどホントに手伝ってくれるのか?」

「もちろん可能な限り手伝います。ですが、ひとつだけ条件がありますけどね」

「……それって?」


 と訊ねてみれば、利央はどこかイタズラめいた表情でこう言ってきた。


「そろそろ下の名前で呼んで欲しい、ってことです」

「――っ」

「私はずっと飛竜くんって呼んでいるのに、飛竜くんは未だに若菜さん若菜さんって名字呼びじゃないですか。壁があるみたいでイヤです」

「まぁ確かに……」


 今はまだ割り切りなんだから壁はあってもいいじゃないか、と思いつつも、どこかのタイミングで切り替えたいと飛竜自身思っていた部分はある。

 なのでその条件提示はある意味ちょうどいいと言えた。


「えっと、じゃあ……」

「はい」

「り、利央さん……」


 飛竜の心臓は未だかつてないほどバクバクし始めていた。

 ただ下の名前で呼ぶだけのことが、宗五郎との対面時よりもドキドキしている。

 対する利央はどこか満足そうに目元を細めて、それから飛竜の身体をぎゅっと抱き締めてきた。


「ようやくですね。嬉しいです」

「そっか……」

「はい。では約束通り、撮影に協力させていただきますね」

「……ありがとう」

「ちなみにですが、もう二度と若菜さんって呼んじゃダメですから」

「……もし呼んだら?」

「んー、そうですね……かもしれません。ふふ」


 ……何をちょん切るのかは分からないものの、ものすごくおぞましい絵面しか想像出来ないのでとにかく気を付けよう、と飛竜は固く胸に誓ったのである。


 それと同時に、ようやく下の名前で呼び合えるイーブンな関係になれたことを、ひっそりと喜ばしく思ったのはここだけの話だ。

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