第21話 タイムリミット

「そういえば、飛竜くんってバイトは辞めたんですか?」


 定期考査が近付きつつあった。

 その影響でせっかく買ったカメラを活用する機会はやや遠ざかっており、ここ数日の飛竜は勉強三昧の日々を送っている。


 この日の放課後も自宅に直帰して自習中だ。

 利央も一緒であり、成績優秀な彼女に色々教わっている。

 雑談と共に。


「いや、バイトは別の浪費に備えて続けることにしたんだ。テストが終わるまでは休みにしてもらったけど」

「なるほどです。――あ、そこ間違ってますね」

「うへ……」


 利央の指摘を受けて問題を解き直す。

 利央の学力は1年生の時からずっと順位表の頂点だ。

 対する飛竜は悪くはないが良くもない感じ。

 真ん中辺りを行ったり来たりしている。


「割り切り継続のために同じ大学に進んでもらう約束をこの前したんですから、基本スパルタで行きます」

「……うっす」

「定期考査が終わるまでえっちは我慢です。色々と妨げになりますからね」


 利央が今言った通り、セフレ契約は停止中だ。

 するのが当たり前になっていた分だけ悶々としているが、テストまでのもう数日とテスト期間中は禁欲で頑張るつもりだ。


「ちなみにだけど……若菜さんは我慢、平気なのか?」

「は? 平気じゃないですけど」


 ほっぺを膨らませながらの半ギレだった。


「シたくてシたくて仕方ありません。私から割り切りのお話を持ちかけたわけですから、それを我慢するのは結構大変なんですよ。むすむす」

「……だよな」

「ですが今を耐え忍び、定期考査を乗り越えた末の発散にこそ、色々とすごく良いモノが待っているに違いないんです」


 間違いない。


「なので、我慢しましょう」


 割り切りを持ちかけてきた当人にそう言われてしまえば頷く他なく、飛竜はそれからの数日を勉強漬けで乗り切ることになった。


 やがてテスト期間に突入した。

 3日に分けて行われるその期間も当然のように勉強を優先させて、2人の悶々はいよいよ限界に迫りつつあった。


 ゆえにテスト最終日の放課後、すべてが終わって弛緩した空気に包まれる教室から2人が一目散に抜け出すのは無理からぬことと言えた。

 仲を疑われないようにあくまで別個に昇降口で靴を履き替え、ある程度学校から離れたところで合流し飛竜の自宅を目指す2人のあいだに会話はなかった。

 話すまでもなく、今お互いに何を考えて何をしたがっているのか分かるからだ。

 

 ほどなくして飛竜の自宅が見えてきた。

 いつも通りに両親が不在の家。

 足早に玄関をくぐって飛竜の部屋に足を踏み入れた2人が、その瞬間に弾けるようにお互いを求め合って唇を重ねたのはもはや必然だった。


「シャワーなんて浴びていられませんね……」

「……だな」


 いつもならここで致す前に必ずシャワーを浴びるものの、今日に限っては悠長にそんなことをしている余裕は双方になかった。

 一刻も早く身体を寄り添わせて相手に没頭したい。

 そうした気持ちが先走り、割り切りのはずなのに情熱的なキスを伴わせて、2人はそれぞれの制服を剥ぎ取る勢いで脱がせ合った。

 

 我慢し続けてきたモノの解放。

 室内には乱れた息遣いだけが木霊し始めてゆく――。



   ※



「……久しぶりですと、やはりすごかったですね」


 はあ、はあ、と自らを落ち着かせるための呼吸に切り替わっている。

 事を終えてのひととき。

 うっとりした表情の利央にくっつかれながら、飛竜は汗だくである。


「そういえば……今日は撮らなかったですね?」

「そんな余裕なかったし……そもそもいかがわしい方向に進みたいわけじゃないから」


 あくまで真っ当な映像作品を撮ってみたい。

 前回の試し撮りはあくまで試し撮りである。


「しかし真っ当なのを撮ると言っても、飛竜くんの人脈だと簡単な演劇すら撮れなさそうですよね?」

「……それを言っちゃあおしまいよ」

「でも実際どうするんですか?」

「まぁ……小説で言う掌編くらいのショートフィルムコンテストとかあるっぽいし、そういうのなら演者が1人居ればなんとかなるのかな、とか思ってはいるけど」

「ひょっとして、私を使うつもりです?」

「……いいかな? 顔は伏せるし無声でやるから」

「構いませんが、出演料は安くないです。老後までむしり取ることになりますよ?」

「奨学金よりヤバそう……ていうか僕らの関係、そこまで続くもんか?」

「続かせますのでご心配なく」


 なんだか意味深な言葉のチョイスだが、飛竜はそれを悪くは思わず、フッと気抜けするように頷いた。


「分かったよ。じゃあ出世払いで」


 と告げた直後に、は起こった。


 ――ぶるんっ、ぶるるるんぅっ……


 秋吉家正面の路地でバイクの排気音が鳴った。

 しかも通り過ぎたのではなく、停車の気配。

 時間帯的に郵便配達に思えるものの、飛竜の耳はそれの正体を聞き間違えたりはしなかった。


「ヤバい……母さんだ」

「え?」


 職業は長距離トラック運転手だが、普段はバイク乗りの母。

 今日は帰ってこない日のはずなのに、急に予定が変更にでもなったのだろうか。

 慌ててベッドから起き上がってカーテンの隙間からガレージに目を向けてみると、見た目が若々しい金髪ショートヘアのギャル母・希実香きみかがメットを外してひと息ついているところだった。


 かなりカラッと陽気な性格で、飛竜はそれを何ひとつ受け継いでいない。

 ともあれ、予期せぬ母の帰還。

 このままでは非常にめんどくさいことになりそうなのは明白だ。


「若菜さん……靴持ってきてもいいよな?」

「む、私を隠すつもりですか?」

「そりゃそうだよ……」


 セフレだと紹介出来るはずもなく、普通の友人として紹介するのも気恥ずかしい部分がある。ぼっち歴を更新し続けてきた飛竜が女子を連れ込んでいると知られれば、絶対にすごい勢いでイジられるに決まっているのだ。


 そんなわけで大急ぎで利央の靴を回収して部屋に戻ってきた飛竜は超スピードで部屋着を着用し、利央を見つからずに帰すための作戦を考え始める。


「……よし、僕が母さんの気を引いて隙を作る。そしたらスマホに合図を送るからシュバッと玄関から静かに逃げてくれ」

「難しい注文ですね。私としてはもういっそのこと普通に挨拶したいのですが」

「……なんで挨拶を?」

「将来のためです。あ、他意はないです」

「ウソつけ」

「――若菜利央、行きます」

「行くな!」


 制服を着直した利央が戦場に赴くが如く部屋から出て行こうとしたので慌てて羽交い締めにした。


「何するんですか」

「こっちのセリフ! 出来れば秘密のままの方が絶対良いんだから見つからない可能性がある限りは抵抗させてくれ」

「ふむ……仕方ありませんね」


 渋々とそう言った利央は、大人しくカーペットにぺたんと腰を下ろしてくれた。


「では10分です」

「10分?」

「10分以内に私が帰られる隙を作り出せたら何もせずに帰ってあげます。タイムオーバーしたら挨拶しに行きます」

「……挨拶したがり過ぎだろ」

「義理の母にアピ……じゃなくて、友人として挨拶するのが道理だと思いますので」


 相変わらず何も取り繕えていない一方で、階下から「飛竜ただいまー!」と母の声が聞こえてきたのでそちらの応対もしなければならず、飛竜は「あぁもう」とひと息吐いてから、


「分かった……10分で隙を作るから大人しく帰ってもらうぞ?」


 そう言って自室をあとにしたのである。


 母に挨拶させたくない飛竜と挨拶したい利央。


 10分で隙を作れるか作れないか。


 勝負の始まりだった。

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