第18話 ねぎらい

「――カノジョさん、本当に毎回来るね」


 あくる日の放課後、飛竜はカメラ資金を貯めるための週2ファミレス労働のさなかにあった。


 今日もホールをやっているが、あまり立地の良くないこの店は割と暇だ。


 なのでホールが垣間見えるバックヤードの一角で、店長と雑談中。


 話題は、西日が差し込む店内に居る唯一のお客さん――利央についてだ。


「彼氏の働きっぷりをいつも観に来るなんて、健気で素晴らしい恋人じゃないか」


 断じて恋人ではないものの、真相を説明する必要もないので飛竜はその勘違いを依然として正してはいない。


「うちの奥さんなんて、子供が生まれてからは俺の扱いが杜撰で杜撰で……」

「はは……」


 反応に困ったので愛想笑いをしつつ、飛竜の目は利央を捉え続けている。


 利央はフルーツパフェをモグモグし、幸せそうにほっぺを膨らませながら、時折こちらに視線を寄越し、イタズラっぽく微笑んだりしている。


「結構独占欲強そうだよね、カノジョさん。秋吉くんが若い女性客の注文取ったりしてると、ジトッとした眼差しでそのテーブルを牽制してたりするし」


(何してんのさ若菜さん……)


「でもそれだけ愛情が深いってことだし、本当に羨ましい限りだ。大事にしなよ? たまにねぎらってあげるのがマジで大切」


(……ねぎらいか)


 今にして思うと、利央に対してねぎらう行為をしたことはない気がする。


 飛竜は逆にねぎらいにも似た施しを与えられてばかりだ。


 お昼に弁当を作ってきてもらえるし、都合が合えば夕飯も作ってもらえる。


 勉強も教えてもらっているし、こうしてバイト先に足繁く通ってまでくれている。

 

 そうした利央の献身に対して、飛竜は感謝の意を示すべきだと思えてきた。


「……ねぎらいって、何をすべきですかね?」

「そうだねぇ。俺の場合奥さんにプレゼント買って帰ることが多いよ」


(プレゼントか……)


 確かにそれが無難ではあるのだろう。


 しかし何をあげればいいのか、そこが難しい。


 やがて午後8時にシフトを終えた飛竜は、駅前のデパートに立ち寄って雑貨屋のテナントに顔を覗かせた。


(恋人でもなんでもない女子に形として残り続けるプレゼントは重い、ってことで、アロマキャンドルなんか良いんじゃないかと思って買いに来たものの……)


 利央の好みが分からず、何を手に取ればいいのか迷ってしまう。


(どうしよう……若菜さんに連絡取ってさぐりを入れるのは避けたい)


 サプライズにしたいがために。


(ええい、ままよ……いつもフルーツパフェを食べてる若菜さんにはフルーティーな柑橘系で行ってみよう)


 というわけで、それをお買い上げして迎えた翌日の昼休み――


「若菜さん……あのさ」


 利央お手製の弁当を非常階段でいただきつつ、飛竜はアロマキャンドルを取り出して利央に差し出してみた。


 ラッピングされているので中身は見えない。


 ゆえに利央はキョトンとしていた。


「え? なんですかそれ」

「日頃支えてもらってる感謝の印。良かったら受け取って欲しいんだ」

「はあ、ほう、なるほどです」


 利央は割と冷静に包みを受け取りつつ、


「ありがたいですけど、主旨に反してますよね?」


 と、肩をすくめてみせた。


「え、主旨ってなんの?」

「割り切り関係の、に決まっています。セフレにプレゼントだなんて、全然割り切れてないじゃないですか。むすむす」


 若干おこな様子で頬を膨らませている。


「えっと……僕に至れり尽くせりを提供中の若菜さんが割り切れてないとか言っちゃうの?」

「言いますとも。ダブスタは承知ですが、私としては早く飛竜くんにカメラ資金を貯めて欲しいと言いますか、セフレなんぞのために無駄遣いしないでください、って言いたいわけです」

「あぁ、そういう……」


 割り切りの主旨違反に怒っているのは建前で、恐らく本音はそれなのだろう。

 飛竜を思えばこその、裏返った優しさが軽い怒りの正体であるらしい。


「まったく……わざわざ私のためにお金を使うだなんて、私のこと大好き人間ですか?」

「うぐ……」

「やれやれですね、割り切り相手に投資してどうするんですか」


 自分を棚上げしてそう呟く利央の表情は、しかし飛竜を責めるようなモノではなく――穏やかに、優しい目付きで、慈愛に満ちていた。


「ま、最初に告げた通りお気持ちはありがたいですし、受け取りますけどね。ちなみに中身はなんですか?」

「まぁ……それは自分であけて確認してもらえたら」

「ハードル上げて大丈夫です?」

「……多分」

「では失礼して」


 利央がラッピングをガサゴソと開封してゆく。


 やがて中身が柑橘系のアロマキャンドルだと把握した利央は、


「まったく。私のこと、理解し過ぎですね」


 そう言って満面の笑みを浮かべてくれたのである。

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