第59話 2人きりになりたくて

 さて、もうまもなく日が暮れようかという時間帯に、飛竜たち3人は大トリとして音楽コンテストのステージに上がり始めている。


「――どーもぉー! ひーくんと愉快な仲間たちでーす!!」


 まだ大勢が残る客席に向けて梓紗が明るく自己紹介する一方で、飛竜と利央は顔出し対策としてパーティー用おじさんマスクを被った状態だ。ちなみに最初は水着のまま出ようとしていたが、恥ずかしいので私服に改めた。

 梓紗だけは普通に顔を出している。格好に関しては、スク水で出ようとしていたのをはしたないのでやめさせ、足並みを合わせて私服を着直してもらっている。


 ――最後の最後で3分の2がマスク被ってる色モノか…… 

 ――トリがおふざけで大丈夫か……?


 飛竜たちがちょっと怪しい匂いに包まれているためか、客席がざわついている。

 きちんと音楽ユニットっぽい楽器を持っているのがベースの梓紗だけというのも、彼らの不安を煽っているのかもしれない。


(僕が一応楽器持ちだけど、マラカスだもんな……)


 これからやろうとしている神楽歌に合わせて、しゃん、しゃん、と合いの手を入れる役目だ。

 神楽における鈴の代用。

 梓紗と一緒に演目動画を視聴し、鳴らすタイミングは大体覚えたものの、上手く出来るかどうか分からず緊張している。顔を隠していなかったら心臓はもっと高鳴っていたことだろう。


「(大丈夫ですよ飛竜くん。もし鳴らすタイミングが分からなくなったら、間奏部分で適当に鳴らすだけでそれっぽくなりますのでね)」


 利央からそんな耳打ちをされて、飛竜は多少気が楽になった。

 利央がさほど緊張していなさそうなのは、それこそ神楽で毎年人前に立っている経験があるからだろう。頼り甲斐があり過ぎる。


「――ではざわつく皆さんを最上の締めくくりにご案内致します!」


 元気よくそんな宣言を行う梓紗。


 優勝出来たら夢を追い続ける。

 優勝出来なかったら夢を諦める。

 

 そんな分水嶺に飛竜と利央を巻き込んだ身勝手な姉。

 勘弁してくれよと思うが、借りがあるのだから仕方がない。

 そしてやる以上は全力だ。


 夢を追わなくなった梓紗なんてただの飲んべえだ。

 そんな価値のない姿になってどうするのか。

 ここまで頑張ってきた努力をあっさりと捨てるな。

 そうした軽い怒りもあればこそ、飛竜は事ここに至って緊張がなくなり始めてもいた。


 梓紗が目で合図を送ってくる。

 始まりのサイン。

 

 直後、みやびな和風コードを梓紗のベースが奏で始める。

 夏のビーチに木霊するには異質な、それでいて綺麗な音色。

 客席から『あれ? 意外ときちんとしてる?』と言わんばかりのハッと息を呑んだ気配が伝わってくる中で、飛竜もマラカスをしゃん、しゃん、と鳴らすのを忘れない。

 

 そして利央が息を吸い上げ、マイク越しに澄んだ歌声を木霊させた瞬間――ビーチの雰囲気は様変わりし始めていた。

 

 奇異の目線が和らいでゆく。

 どこかアウェーだった空気感が、利央の歌声によって霧散してゆく。

 まさかの神楽に戸惑うギャラリーも見受けられるが、そうした人々でさえ段々と聞き惚れるほどの美声。

 気付けばマラカスに合わせて手拍子が巻き起こるほどで、


(……僕の割り切り相手ってすごいな)


 さながら戦略兵器だ。

 歌声だけで勢力図を一気に塗り替えてしまった。 


 絶対音感を活かして神楽のコード進行を完コピした梓紗もすごいが、ロックなナンバーを好む陽キャな客層を落ち着かせて惹き付ける利央の歌声は恐らく稀代の精練さを誇る代物だ。


 飛竜自身も思わずマラカスの演奏を忘れて聞き惚れそうになってしまうが、なんとか集中力を維持してこなしてゆく。

 

 5分の持ち時間に合わせて、神楽歌は長めのモノを再構成している。


 そんな演奏の時間は永遠のようでいて一瞬だった。


 やがて利央の歌声が途切れて梓紗のベースが止んだ瞬間、万感の拍手がビーチを埋め尽くした。


 自分たちに向けられたそれを見て、飛竜は人生で初めて自分が真夏の主役の一部を担えた気がした。



   ※



「――うおおお! ほら見てよコレバズってるー!」


 さて、音楽コンテストは最終的にどうなったかと言えば、会場アンケートの結果8割の支持を得た『ひーくんと愉快な仲間たち』が無事に優勝と相成った。


 賞金10万円と栄誉を手にした現状、飛竜たちは梓紗の奢りで祝勝会を開催中である。地元に帰って駅前の居酒屋を訪れてのことだ。


 個室でパーッと飲み食いしているそんな中、梓紗がスマホを眺めてご満悦の表情を浮かべている。

 飛竜たちのステージを撮影した観客の動画がSNSでバズっているからだ。


【ふざけたマスクに反してすごい歌声😳】


 という呟きに撮影動画が添付されており、いいねがすでに2万ほど付いている。

 リプ欄を見てみると、【ビーチで神楽ってなんか幻想的】【ベースの音色がセクシー】【マラカスは草】だのなんだの色々と反響が寄せられていた。

 

 梓紗がそのポストを引用して【これあたしらですw ちなみにマラカスくんは最近バズってるショートシアターズルームの運営責任者兼監督です】と呟いており、チャンネルへの誘導URLも載っけていた。【あたしの個人チャンネルもよろ~!】と自らの宣伝も忘れていない抜け目の無さだ。

 

 勘の良い人は【この神楽歌ってる子、ひょっとしてショートシアターズルームの主演ちゃんでは?】と鋭いリプを残していた。

 

 一方で、飛竜のおっさんマスクマラカス動作がシュールなためか、そこだけ切り抜かれてグリーンバック化され、殺伐とした動画の端っこで躍らせる謎コラが幾つか作られたりしている。


「僕がネットのおもちゃに……」

「でも結構良い宣伝になっているみたいですよ? ショートシアターズルームのチャンネル登録者数がみるみる増えていますからね」

「あたしのチャンネルも良い感じ☆」


 とのことで、(まあ顔隠れてるし炎上じゃないから別にいいか……)と飛竜はその状況を甘んじて、本当に甘んじてではあるが、受け入れたのである。


「……なんにしても、姉ちゃんはコレで夢を諦めずに追い続けるわけだな?」

「あ、うん。結果出せたし、ベースの音色褒めてくれるリプとかもあるし、もうちょい真面目にやってみようかなと」


 そんな言葉に飛竜は安心する部分がありつつも、


「……配信でスク水着たりするのは勝手だが、変なオファーとか男に引っかかったりしないようにな?」

「あたしが引っかかるのはひーくんだけだし♡」

「へいへい……」


 この分だと貞操的な部分で危ういことになったりはしなさそうである。


「とにもかくにも、今日はホントにありがとねひーくん。そんでもって若菜ちゃんはMVP」

「むふん、私がいかに有能かお分かりになりましたら、いずれ妹になることを許してくださいね? むすむす」


 相変わらずしたたかな利央である。

 対する梓紗は「ま、無駄な障壁にはならんであげようかね」と軟化した表情を見せていた。



    ※



 その後、酔い潰れた梓紗を支えて飛竜は利央と一緒に秋吉家に帰宅した。


 梓紗をベッドに寝かせてから、今度は利央を送ることに。


「別に送っていただかなくても大丈夫ですよ?」

「いや、そういうわけにはいかない」

「割り切りなのにですか?」


 何もかも分かった上でニヤニヤと飛竜を見つめてくる利央。

 飛竜はとりあえずそれをスルー。


「……それより、せっかく海に行ったのに結局のんびり出来なかったな。成果があったとはいえ」

「確かにそうですね。じゃあのんびりするためにちょっと悪いことしましょうか?」

「え?」

「今晩0時、学校集合です」

「0時に学校集合……?」

「よくあるじゃないですか。夏の夜、学校のプールに侵入して寝そべって星空を見上げる、みたいなエモいシチュエーションが」

「まぁあるけど、なんでそれを……?」

「日中は色々と纏わり付かれてしまいますが、深夜なら2人でのんびり出来るのかな、と。それに一度、そういう悪いことをしてみたかったんです」


 濁りのない綺麗な瞳が飛竜を捉えてくる。

 瞳に濁りはないが、その要求はちょっと邪念。

 表向き孤高の優等生である利央には、少しはみ出したい欲があるらしい。


「……真夜中の外出だけど、そもそも親父さんの目は掻い潜れるのか?」

「いざとなれば母の手を借りられますので」

「まぁそれもそうか……じゃあ付き合うよ、それ」


 利央のちょっとした反骨精神のお供を、飛竜はやることにした。

 いい加減2人きりの時間を過ごしたいのは、飛竜も同じだからである。

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