第60話 真夜中の密会

「――飛竜くん、こっちです」


 深夜0時過ぎ。

 こっそりと自宅を抜け出してきた飛竜は、数時間前の約束――二人きりでの学校侵入を果たすべく、学校脇の路地で利央と合流した。


「待った?」

「いいえ、私も今来ましたので」


 この時間の利央は、薄手の黒い浴衣姿であった。

 ファッション性のあるモノではなく、言うなれば寝間着だと思われる。

 それでもだらしなく見えないのは、利央の見た目による補正が大きいのだろう。


「お互い、無事に家を抜け出せたようですね」

「……一応改めて訊くけど、ホントに侵入する?」


 ちょっとした夜遊びがしたいらしい利央。

 そんな彼女と見上げる夜の学び舎は、地元で長く続く名門であり、伝統的な建物だからこそ全体的な設備は古い。監視カメラは校門くらいにしかなく、窓を割ったりでもしなければ警備会社が出動することもないので、敷地への侵入自体は難しくない。

 とはいえ、バレたら一大事だ。


「飛竜くんがリスクを嫌うなら、私はここで引き返すことも厭いません。無理にお誘いしたいわけじゃありませんからね」

「あ、いや僕は覚悟出来てるよ。ただ利央さんが本気かどうか最終確認」

「もちろん本気です。お利口すぎる人生のレールからたまには外れて、悪ぶるロマンを追い求めたいと言いますか。飛竜くんと一緒にそれが出来れば、良い思い出になると思いますからね」


 根底にあるのは、飛竜との青春模様を色濃くしたいという想いなのかもしれない。

 それになんだかグッと来た飛竜は、俄然やる気が出てきた。


「じゃあ行こうか」

「ちなみに今夜のプランは校舎の窓ガラスを全部叩き割ってから盗んだバイクで走り出すシナリオで良かったですよね?」

「何も良くないんだけど」


 今の時代にそんな昭和セレクションをやらかせばただの汚点になるのは間違いない。


「息苦しい世の中ですね、まったく」

「それを許す世の中は酸素多すぎてみんな酸素中毒になってそう」

「まぁとにかく行きましょう。今言ったことは冗談ですから」

「知ってた」


 そんなこんなでひとまず侵入を開始。

 裏門が手薄なのでそちらに回り、胸元くらいの高さのフェンスをよじ登る。


「浴衣、引っかけないように気を付けて」

「大丈夫です」


 しゅたっ、と敷地内に降り立った利央は、黒い浴衣ゆえにさながら黒猫のよう。

 飛竜もそのあとに続いて侵入を果たした。


「で、ここからのプランは?」

「プールサイドに寝そべって夜空を見上げるシチュエーションに興味がありますので、プールに向かうのみです。むすむす」


 プールは屋外にある。

 夏休みであろうとも連日水泳部が使っているはずなので、きちんと手入れが行き届いており寝そべるのに支障はないだろう。

 問題があるとすればプールサイドに入れるかどうかだったが、こちらも出入り口のフェンスがさほど高くなかったので難なく乗り越えることが出来た。


「ふぅ、冷たくて気持ち良いですね」


 縁に腰掛け、足湯みたいにプールを堪能し始めている利央。

 ちゃぱちゃぱと足をバタつかせる姿は端麗な容姿に似合わず子供のよう。

 そのうちプールサイドに背中を付けて仰向けになった利央は、プラネタリウムでも楽しむようにご満悦の表情だった。


「飛竜くんと二人で不法侵入悪いこと、達成です。これでまたひとつ思い出が増えましたね」


 寝そべったまま、そう言って小脇に佇む飛竜を見上げてくる利央。

 飛竜が寝そべっていないのは、一応周囲を警戒しているからだ。


「そういえば……今日これをしようって思ったのはなんでだ? お袋さんの力を借りれば、夜に抜け出すチャンスは幾らでもあったように思えるけど」

「1人でこんなことをしても虚しいだけじゃないですか」

「……ま、そりゃそうか」

「こういう武勇伝的な悪さは、身近な誰かに観測されてこそ成す意味があるのかな、と」

「確かにな」


 観測されなきゃ意味がないというのは、武勇伝に限らず大体そうかもしれない。

 たとえば映像作品だって、誰かに観られないと意味がない。

 何かを成してもそれが誰にも見られていないなら、何も成していないのと一緒だ。


「その観点で言うと、今日の姉ちゃんはめちゃくちゃ成せたわけだな」


 利央との相乗効果とはいえ、良い音を奏でるベーシストとして観測されて目立った。本人のビジュアルが悪くないこともあってか、チャンネル登録者数などはそれなりの伸びを見せているという。


「僕も負けちゃいられないな」

「一緒に注目浴びたんですし負けてませんよ。それより飛竜くんもほら、今夜は寝そべって羽を伸ばしませんと」


 利央が誘うように自らの隣をぺしぺしと叩いていた。


「ミーアキャットよろしくキョロキョロ警戒せずとも大丈夫でしょうし、新たな作品を撮る前の息抜きをご一緒に、です」

「だな……そうするよ」


 せっかくこのシチュエーションに居ながら寝そべらないのは勿体ない。


 かくして飛竜も真夜中のプールサイドに横たわった。


「……空たっか」


 こんなところに寝そべるのは人生で初めてのことなので、当たり前のことが新鮮に映った。何か新しいインスピレーションが湧きそうだが、この時間は頭をまっさらにして次に備えたいと考え、とにかくぼーっと過ごすことにした。


 そうしていると、


「むすむす」


 利央がどこか満足そうに飛竜の身体に引っ付いてきた。

 さながら抱き枕にでもするような感じで。


「……何か?」

「何か理由がないとくっついてはいけないんでしょうか?」


 じーーーー、と打って変わって据わり気味の眼差しを向けてくる利央であった。

 飛竜としてはもちろんそれがダメな理由などないものの、


(……ホントに何も割り切れてないな、利央さん)


 あくまでまだセフレでしかないのに、二人きりになるともはやなつき度マックスなことを隠しもしない。

 それに呆れてしまうが、飛竜としても人のことは言えないのでお互い様である。


 やがて利央のスキンシップは加速し始め、唇を重ねられたのちにねっとりと蛇を思わせる緩慢な動作で飛竜の身体を這うように登ってきた。

 そして最終的に利央は飛竜の腹部に跨がるような状態となった。

 それから――はらり。

 浴衣の帯を取って前面をはだけさせてしまう。


「っ……」


 飛竜は目を見張ることになった。

 なぜなら利央が浴衣の下に何も身に付けていなかったからだ。

 極上の身体が惜しげもなく晒されている。

 どうやら最初からで来たらしい。

 ごくりと息を呑む飛竜をよそに、利央は黒曜石のような瞳を妖艶に細めていた。


「むすむす……このままいただいちゃってもいいですよね?」

「……拒否権は?」

「あるわけないです」

「ですよね……」


 こうしてこのあと、真夜中のプールサイドはエモではなくエロに包まれた。

 こってりとしぼられた飛竜だったが、良い思い出になったのは言うまでもない。








――――――――――――

更新速度、10月から2日に1回ペースに変更すると思います(予告)。

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