第61話 むすーさん

「ちょっと伸び悩み気味か……」

 

 世間はお盆に差し掛かっている。

 そんな8月半ばの昼下がり、飛竜は夏休みの課題をこなしながら時折自分のチャンネルをチェックしては「うーむ」と唸っていた。

 

 SショートTシアターズRルームのチャンネル登録者数は、今のところ4万に差し掛かろうとしているが、その4万を前に足踏みしている感じがあった。


 ショートフィルム第一弾の再生数はありがたくも伸び続け、今日時点で20万を超えているが、その20万視聴がそっくりそのままチャンネル登録者数になっていないのは当然のこととはいえ、ちょっと寂しかったりする。

 大雑把な計算だが、観てくれた人の20%しかチャンネル登録してくれず、大半の視聴者は『チャンネル登録するほどではないかな』というジャッジに至ったようだ。


「……コンテンツ数がまだ少ない影響もありそうかね」


 アフター動画と合わせてまだたったの2本しか投稿していない。

 しかも不定期で次の投稿がいつになるのかは分からない。

 その不安定な投稿頻度がチャンネル登録ボタンのタップを妨げているのだろう。

 

「だから初動で毎日更新してコンテンツの充実度を上げておくのが重要なんだろうけど、映像作品はそう連発出来るもんじゃないからな……」


 乱造しようとすれば質は必ず低下する。

 

「ま……足踏み上等だよ」


 焦ってもしょうがない。始めて2週間足らずで4万人近い登録を得ている時点で充分ロケットスタートである。その約4万人を裏切らないように引き続き頑張り、地道に数字を伸ばしていく他あるまい。


「さて……次作はどうしたもんか」


 需要を見誤ると再生数は伸びないはずなので、ショートフィルム第二弾もSTRにふさわしいモノを作らないといけない。


「……アナリティクスを見るに、STRのチャンネル登録者たちはホラー、あるいはミステリー、もしくはサスペンスを好んでるっぽいんだよな」


 ショートフィルム第一弾があんな感じだったためか、ホラー系、ミステリー系、サスペンス系のチャンネルをよく観ている視聴者を集めていることが、動画サイト側のアナリティクスで判明している。便利な時代である。


「となると……第一弾の路線を続けるべきなのは明白」


 たとえば急に明るい恋愛ドラマを投稿したりするのは御法度だろう。

 軸がブレても何ひとつ良いことはない。


「……ホラーモキュメンタリーを撮ったらウケそうかも?」


 フィクションの出来事を、ノンフィクション風味のドキュメンタリーとして撮る。

 それがいわゆる「モキュメンタリー」と呼ばれる手法だ。

 そしてホラーモキュメンタリーとはその名の通り、ホラーを題材にしたモキュメンタリー作品を指す。心霊スポットに突撃した撮影者グループの活動記録であったり、カルト教団への潜入撮影記録であったり、フィクションなんだけどノンフィクションに見える恐怖映像であることが、ホラーモキュメンタリーの定義だろうか。

 ホラーモキュメンタリーをウリにした先人チャンネルはすでに幾つか存在しており、いずれもそれなりに人気を博している。


 某文字が流れる動画サイトにおいても、夏場にホラーモキュメンタリーの公式垂れ流し配信をやっていたりするが、アレもやはり人気だ。


 つまりホラーモキュメンタリーにはかなりの需要があるのだろう。


「でもそこを狙うにしても、僕らなりのオリジナリティーが欲しいよな……」


 そんな風に思い悩んでいると――ぴこん。

 スマホが突如として着信を報せた。

 確認してみると、それは利央からのメッセージで、


【私むすーさん。今あなたの家に向かっているの、です。むすむす】


(むすーさんとは……)


 飛竜がホラー寄りの思考になっているのに合わせたかのように、それは偶然にもメリーさんをもじった文面であった。

 ともあれ、どうやらお盆であろうとも利央が遊びに来てくれるらしいので、それをありがたく思いながら【待ってる】と返信した。


 すると5分後――


【私むすーさん。今あなたの家の前に居るの、です。むすむす】


 そんなメッセージが届いたので窓から外を眺めてみると、ショート丈の黒ワンピ姿の利央が小さく手を振っているのが見えた。

 シックな雰囲気の中にも可愛らしさがあり、いつにもまして利央の黒髪美少女っぷりに磨きが掛かって見える私服だった。

 そんな美少女同級生に訪ねてもらえる自分は本当に恵まれていると考えながら、飛竜は早速迎えに出たのだが、


「……あれ? 居ない」


 玄関のドアを開けると、軒先に佇んでいたはずの利央が姿を消していた。

 

「ひょっとして……むすーさんが続いてる……?」


 オリジナルのメリーさんは家の前まで来たあと、どこに行くんだったか。


「私、むすーさん」


 そのときだった。


「今、あなたのうしろに居るの、です。むすむす」

「――うわあっ!!」


 利央が本当にうしろに居たのでびっくりした。

 

「な、なんで家の中に……!」

「あ。そちらの客間の窓が開いていましたので、靴を脱いで上がらせていただきました。不法侵入、お許しを」


 右手に涼しげなヒールサンダルを揃えて持ちながら、利央がぺこりと頭を下げてきた。


「そ、そういうことか……まあいいけどさ」

「ところでこの昼下がり、飛竜くんは何をしてお過ごしでしたか?」

「……夏休みの課題と、ショートフィルム第二弾の構想を練ってたところだよ。せっかく来てくれたなら一緒に色々考えて欲しいんだけど」

「お安い御用です。むすむす」


 こうして改めて、飛竜はむすーさんを自宅へと招き入れたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る