第58話 諦めんなよ
「――エントリーしてきたよ~!」
さて、ビーチの端に陣取ったパラソルの下で、飛竜は現在利央お手製のお弁当をいただいているところだ。
中身は数種類のおむすびと多様なおかず、というオーソドックスなモノ。
むすむす言いながら握ってきたんだろうか、などと考えて鮭むすびを食べている飛竜をよそに、梓紗がコンテストへのエントリーから戻ってきたことに気付く。
「ふぅ、割と混んでた。あ、ちなみにユニット名は『ひーくんと愉快な仲間たち』にしといたから☆」
「おい……なんで僕がメインに……」
「ひーくんが王であることがこの世の理だからに決まってんじゃん!」
ブラコン怖い。
「さて、あたしもお腹空いたな~。若菜ちゃんのお弁当分けて貰ってもいい?」
「どうしましょうね。……ま、たくさんあるので別にいいですけど」
「ありがと~!」
そう言ってひとつのおむすびを手に取ると、梓紗は大きくひと囓り。
中身が梅干しだったようで「すっぱうま~!」と顔をしわしわにしていた。
「それで……僕らは結局どういう風に姉ちゃんとステージに立てばいいんだよ」
梓紗は自前のベースを持ってきているようだが、飛竜と利央は当然のように楽器など持ち合わせてはいないし、そもそも弾けない。
「えっとねぇ、まずひーくんはコレ」
ゴソゴソと自らの荷物を漁り、梓紗が取り出したのはマラカスだった。
スイッチをオンにすると七色に光るペンライトっぽい最新タイプだ。
「コレをリズムに合わせて振ってるだけでOK」
「……そんなんでいいのか?」
「顔出したくないなら、コレ被りながらね」
梓紗が続けて取り出してきたのは、100均で売ってそうな『パーティー用おじさんマスク』であった。
それを被ってマラカスを振る絵面はだいぶシュールだろう。しかし顔を隠せるなら別にそれで文句はなかった。
「そんで若菜ちゃん」
「はい」
「同じように顔隠してもらって構わんけど、もし可能なら君にゃあボーカルやって欲しいんだよね。声綺麗だなぁって思ってるし」
「ふむ」
利央はイヤそうな表情を浮かべてはいなかった。
「自慢じゃありませんが、私は歌うのが得意なつもりです。神楽の演目には歌もありますから、そのために発声について習っていたこともあります」
毎年ではないが、その年ごとに変わる演目の中で利央が神社で神楽歌を歌っているのを飛竜も聴いたことがある。
かなり澄んだ良い声だったのは間違いなく、梓紗も昔聴いたそれが記憶に残っているためにボーカルをお願いしているのかもしれない。
「ですが、流行りの曲には疎いですよ?」
娯楽禁止令があった影響だろう。
ビーチが盛り上がるような曲を歌えるかと言えば、確かに怪しい。
「だからそこは逆転の発想でさ、流行りのJ-POPとかじゃなくてその神楽歌を歌っちゃおうよ」
「「!?」」
梓紗はニヒルに笑いながら言葉を続ける。
「この手のフェスやコンテストで、その場にふさわしい曲をやれっていうのは固定観念でしかない。若菜ちゃんをわざわざ不得意な分野で頑張らせる必要もないし、あたしがベースで若菜ちゃんの得意な神楽奏でるから、若菜ちゃんはそれに合わせて歌えばいい。無難にロックなモンお披露目するよりはバズる絵面だと思うんよな~」
ビーチで神楽……ぶっ飛んだ発想だった。
やはり梓紗は梓紗で異質な思考に溢れた才能の持ち主なのかもしれない。
「……悪くないアイデアだと思うけど、姉ちゃんはそもそも神楽弾けんの?」
「今どき動画サイト開けば神楽の演目とかアップされてるっしょ? それ聴いてコピーすればへーき。絶対音感舐めんな」
ビシッと親指を立てた梓紗は、それから利央に得意な神楽歌の演目を教えてもらい、早速動画サイトで視聴を開始していた。
「ビーチを神楽で制圧……むふん、やってやりましょう」
そこはかとなく気合いが入り始めている利央は「むすー」と発声練習を始めていた。そんな発声で喉が開くのかは知らない。
※
午後。
ビーチではいよいよ音楽コンテストが開始されていた。
エントリーしたユニット数は26。
1ユニットの持ち時間は5分。
各ユニットのチューニングの時間などもあるため、割と長丁場。
出演の順番は抽選で決められたそうで――飛竜たちは大トリだった。
(……ちょっとプレッシャーもあるけど、異質なノリで会場を制圧しやすい時間帯ではあるか)
後手が居ないということは、良くも悪くも飛竜たちの演目を観客の記憶に最新のモノとして叩き込んで終わることが出来る。
一番印象に残りやすい順番なので、上手いことやればその後の優勝を決める会場アンケートは有利に進めるだろう。
(でもどのユニットもやっぱ遊びに来てるわけじゃないな……)
ひとまず観客席で他のユニットが織り成すステージを眺め始めているが、やはりこういう場に出てくるだけあって屋外でも良い音を出しており、彼らは皆本気なのだと分かる。
梓紗が知名度を上げる目的で参戦を決めたわけだが、他のユニットたちも当然のようにそれぞれの思惑を持ってこの舞台に臨んでいるのだろう。
夢を追う者たちはいつだって熱い。
火の玉のように突き進む彼らの熱気が会場を盛り上げてゆく。
「あたしさ、コレでもし優勝出来なかったら一旦夢追うのやめようかなって思ってんだよね」
「……え?」
一緒に観覧中の梓紗がふとそう呟いた。
飛竜は驚いたし、隣の利央は不思議そうにキョトンとしている。
「どうしてここを分水嶺にしてしまうんですか?」
「んー、まぁなんかキリ良いじゃん。夏のコンテスト。有名な海水浴場だけどローカルっちゃローカル。そんなちっちゃな舞台すら盛り上げられないようなヤツが、もっと上のステージまで成り上がれるはずがないっていうかさ」
梓紗は今日、珍しく酒を飲んでいない。
それだけ本気のようだ。
「ボーカルに若菜ちゃんを据えた時点であたしゃ添え物だけど、その添え物が上手いことリードして若菜ちゃんの綺麗な歌声を引き出して優勝出来たなら、続ける自信が持てるってもんよ。それが出来ないなら続けても……ね」
このビーチすら盛り上げられないなら、行く末などたかが知れている。
だから優勝出来ないなら夢を諦めてしまおう。
梓紗はそういう考えのようだ。
「……ま、もし夢諦めてもひーくんのBGM制作には引き続き協力するから安心しといてよ」
そんな言葉が続けられ、それは確かに安心だが、出来れば梓紗には夢を追っていて欲しい、と飛竜は思う。
梓紗が音楽活動の夢を追い始めたのは、中学生の頃だったと記憶している。
何に触発されたのかは知らないが、急にお年玉貯金をはたいてベースギターを買ってきたかと思えば『ほら見てよコレ! かっくいーだろ~!』とまだ小学生だった飛竜に自慢してきたのを覚えている。
その頃はろくに防音対策もされないまま弾かれてうるさかったが、毎日ギャンギャン弾いている姉を見て、何かに打ち込むのはきっと楽しいことなんだろうなと窺い知ることが出来た。
飛竜が映像制作に取り組もうと思ったのは、自分の意思なのは当然として、梓紗のそういう姿を見てきたから自分も何かに取り組みたいと思った部分も大きい。
そんな梓紗が本当に夢を終わらせるかもしれないのは、ちょっと寂しい。
頑張っていた姿を知っているからこそだ。
「――終わらせませんよ」
そんな中、利央が力強くそう呟いていた。
「やる前から失敗に終わったときのことを考えてもしょうがないですし、そもそも私と梓紗さんの音が調和して会場を呑み込むのは確実です。そのまま優勝です。何も終わりませんし、終わらせません」
「若菜ちゃん……」
「やってやりましょう。――ね、飛竜くんも」
「ああ、そうだな」
利央のポジティブシンキングは見習わないといけない。
梓紗も、ちょっと暗くなっていた表情の中に明るさを取り戻していた。
「よし……そうだね。いっちょかましたろうじゃん」
こうして飛竜たちの中には、長い待ち時間のあいだも闘志が灯ったままだった。
そしていよいよ、その闘志を発散させるときを迎えることになる――。
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