第57話 即席

「――来ました! 海ですっ」

「混んでるなぁ……」


 さて、翌日である。

 飛竜はこの日の午前、予定通り利央と一緒に海へとやってきた。

 ブラコンの監視網をどうにか掻い潜ったため、無事に2人きりだ。


 訪れた海水浴場は有名な某所。

 利央の水着姿がなるべく人目に付かないようにローカルな砂浜へ、と昨日は考えていたが、その方針を変えている。

 木を隠すなら森の中。

 ローカルな砂浜に行ってもこの時期に無人はありえず、半端に人が居ることでかえって利央の美少女っぷりが浮き彫りになって注目されてしまうかもしれない。

 逆に有名な海水浴場は人が居すぎるため、利央の外見をもってしても混雑の中に溶け込んで目立たないのでは、と考えたのである。


 無論、どう転ぶか分からないので気を付ける。

 ひとまずなるべく端っこにパラソルとシートを陣取った。

 荷物を置いてひと息つく。


「ふぅ。海の家とトイレがちょっと遠いかも?」

「でもその分すき気味でいいじゃないですか」

「すいてるのがいいならやっぱりローカルが良かった?」

「いいえ、せっかくの夏休みですから観光地で遊ばずにどうするんだという話でしょう。むすむす」

 

 確かにそれはそうかもしれない。

 利央がそう思ってくれているなら、飛竜としても後悔はなかった。


「でも更衣室も遠いんだよな。僕は下に履いてきたけど、利央さんは?」

「あ。私もあらかじめ着てきたんです」


 そう言って早速ラフな私服を脱ぎ始めると、その下には見慣れたフリル付き黒ビキニ。

 見慣れたと言いつつも、利央の均整の取れた身体にはやはり息を呑んで見とれてしまう。もっとすごい姿を幾らでも見ているが、それでもなお目を奪ってくれるだけの魅力が利央にはある。

 

 見とれていることに気付かれて茶化される前に、飛竜は気を取り直した。


「……フリル付きを着込んでくるの、暑くなかった?」

「今涼しくなりました」

「我慢してたんかい……」

「ところで日焼け止め、塗ってもらってもいいですかね? キャンプ地はそれほど日差しが気になりませんでしたけど、こっちは砂浜の照り返し含めてギラギラですので」

「あぁうん。僕でよければ」

「飛竜くんがいいんです」


 そう言って微笑んでくれる何気ない所作が飛竜の心を捉えて離さない。

 飛竜は少し照れ臭い気分で耐水性ウォータープルーフの日焼け止めを塗ってあげることになった。



   ※



「むすー」


 日焼け止めを塗ったあと、2人は早速海に入り始めた。

 利央は長い黒髪をポニテにまとめた状態で仰向けに浮かんでまったりしている。

 かと思えば「むっすむっす」とバタフライし始めたり、海を堪能中だ。


 一方で飛竜は膝が浸かるくらいの浅瀬でそんな様子を眺めている。

 海の深みに行くのがあまり好きじゃないのだ。

 幼い頃、離岸流に流されてライフセーバーのお世話になった経験が軽くトラウマなのである。


「私と一緒なら少し深くまで来られませんか?」


 事情をさっき話したのでそれを知っている利央が、ざぱざぱと海水を滴らせながら歩み寄ってきた。

 手を差し伸べられもするが、やはり躊躇する気持ちがある。

 しかし、


「私、飛竜くんと一緒に泳ぎたいです」


 利央のそうした気持ちを無下に出来るかと言えば、もちろん出来ない。

 飛竜は腹を括ることにした。

 早速おもむろにその手を取ってみると、利央が嬉しそうにぎゅっと指を絡めてくれる。


「溺れたら人工呼吸してあげますね?」

「溺れる前提なのやめて」


 そんなやり取りを経て、飛竜は利央と一緒に足の付かない深みへと進んでゆく。

 そして案外、なんとも思わない自分に気付いた。

 知らぬうちに克服していたのか、利央と一緒だからか。

 きっと後者なのだろう、と思う。


「偉いです飛竜くん。やりましたねっ」

「――うんうん、ひーくんはやれば出来る子だもんね~♡」

「「……っ!?」」


 急に混ざってきた第三の声に飛竜と利央はビビり散らかした。


「お、どうしたどうした?」

「いや……そっちがどうした……」


 振り返るとヤツが居た。

 そう、何を隠そう梓紗である。

 また恥ずかしげもなくスク水を着ている姉を見て、飛竜は呆れ気味にひと言こぼす。


「なんで姉ちゃんが居るんだよ……」


 撒いてきたはずなのに。


「へっへー、あたしのひーくんレーダーを舐めてもらっちゃ困る♡」

「なんだよそのレーダー……」

「まぁそれはそうと、あたしがここに居るのはひーくんと若菜ちゃんの監視目的だけじゃなくてさ、実はお昼過ぎにこのビーチで開催される音楽コンテストにエントリーしようかと思ってるんよ」

「……音楽コンテスト?」

「素人バンドとかユニットがエントリー出来るヤツで、会場に来てる人のアンケートで順位付けして優勝を決めんの。――優勝賞金はなんと10万♪ あとはローカルニュースで目立てるかも!」

「じゃあ姉ちゃんはそれに出るのが主目的で来たってことか……?」

「その通り☆ あたしは知名度を上げたい!」


 ソロの音楽配信者としてやれることをやろうとしているようだ。


「でも問題があってねぇ……」

「問題?」

「……そのコンテスト、ソロじゃ出られんのよ。冷やかし防止目的で参加のハードル上げててさ、最低3人以上のバンドあるいはユニットじゃないと駄目なんよね」


 そんな言葉を聞いた瞬間、飛竜の中にイヤな予感がよぎった。


「おい姉ちゃん……まさか……」


 飛竜と利央はキャンプ初日の夜に宗五郎をいなしてもらった件で梓紗に借りがある。

 もし何かを要求されたら断りづらい。

 梓紗も恐らくそれを理解している。

 ゆえにニヤニヤと飛竜と利央を一瞥しながら、直後にこう言ってきたのである。


「――そんなわけでお2人さん、バンドやろうぜ☆ あたしの知名度上がればひーくんのチャンネルにも貢献出来るし、顔出すのイヤなら全然隠してくれていいし♪」

「いや……そもそも僕ら楽器出来ないぞ……?」

「そこはきちんと考えてあるからへーき。参加意思だけが大事☆」

「まぁ、顔隠していいなら先日の借りもあるし僕は別にOKだけど……」


 と、利央に目を向けて彼女の意思を確認してみる。

 利央は得意げに口元をωっぽくしていた。


「むふん。借りは返さないと気持ち悪いので返します。そしてやるからには優勝を目指しましょう。1位以外要りません。2位じゃ駄目なんです。むすむす」


 割と乗り気であるらしい。

 1位への執着心は、利央があらゆる成績でトップに立つ天才ゆえのプライドか。

 そういうことなら、飛竜としても抜かりなく頑張る他ない。


「うおお若菜ちゃん話が分っかるぅー! ――うっし、じゃあエントリーの締切近いしエントリーしてからミーティングじゃい!」


 そんなこんなで、3人は一旦海から上がったのである。

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