第43話 クランクアップ

「――ほい、とりまこんな感じでどうよ?」

「ああ、良いと思う」


 この日はいよいよ飛竜たちの高校が終業式を迎え、明日8月1日からは夏休みという状況だ。


 この日は昼過ぎの早い段階で学校が終わった飛竜は、帰宅後の昼食タイム中に梓紗から幾つかの無声楽曲を聴かされている。

 

 依頼していたBGMである。


 物悲しさを表現した静かな曲。

 怒りを表現した激しい曲。

 爽快さを重視した軽快な曲。

 不協和音でしかない不気味な曲。

 

 要所要所で使い道のある4種類を作ってくれたようで、飛竜サイドからは2つくらいでいいと言っていただけに、これは嬉しい誤算と言える。

 無論、クオリティーも完璧だった。

 さすがはバンドをやっていた音大生の作品である。


「姉ちゃん最高」

「にひひ、そいつはようござんした♪」

「手伝ってくれたメンバーさんたちにもお礼言っとかないとな」

「変な要求されんように気ぃ付けなね。そういや撮影の方はどうなん?」

「撮るべきシーンはあと1個」

「おー。残ってるのはどういうシーンよ?」

「座敷牢脱出後に主人公が久しぶりの外を堪能するシーン」

「あれ? 別にラストシーンじゃないのにそこが最後?」

「後回しにしてたからな」


 そのシーンだけは若菜家の外で撮る必要がある。

 ので、若菜家での撮影や軽いリテイクをまずはまとめて優先していたわけだ。


「久しぶりの外を堪能って言うと、デパートとかで撮影すんの?」

「いや、今考えてるのは街の至るところをスキップで駆け回る絵面。最初は無難に学校のシーンでも入れようと思ったんだけど、無難過ぎるからやめた」


 座敷牢から脱出した解放感と喜びを多少狂気的に表現したいと思っている。

 白装束で街中をスキップする絵面は、恐らくそれを表現出来るはずなのだ。


「そのシーンのあとに身内殺しを示唆する血だまりのラストカットが入るから、見終わった視聴者が『親殺してあんだけ楽しそうだったのかよ……』ってドン引きしてくれたら嬉しい」

「歪んでるひーくんも素敵♡ あ、でもさ」

「なんだよ」

「街の至るところで白装束のスキップ撮影って目立つと思うんだけど、それはええのん? 若菜ちゃんの平穏を守るために顔見せない絵作りしてるんでしょ? その意味なくなっちゃうじゃん」

「ああ。それはよくないから、撮影は明け方にやるつもり」


 明日の朝4時~5時頃を予定している。

 その時間帯なら人目は最低限防げるはずなのだ。


「作品内とその早朝撮影は時間合ってるの?」

「作品内時間は夕方だけど、その時間の朝焼けは夕焼けにも見えるだろうし」

「言われてみれば確かに」

「だから問題なし」


 抜かりはないつもりである。


 というわけで、7月最終日はその後編集作業に費やし、迎えた夏休み初日の早朝――飛竜はなんとか目を覚まして身支度を整え、まだ薄暗い午前4時前の外へと飛び出した。

 利央との待ち合わせ場所である神社へと向かう。

 

「――あ、おはようございます、飛竜くん」


 すると利央がすでに待機中だった。

 その格好は白装束――ではなくジョギングでもするようなラフな装いだ。

 撥水性のありそうな上着とハーフパンツ。

 白装束は撮影時に羽織ればいいので、今の段階から着ておく必要はない。

 そもそも白装束は飛竜が預かっている。利央が事前に着用してここを訪れる可能性はゼロだったと言える。


「おはよう。こんな時間に出て来て何か言われたりしなかったか?」

「ご心配なく。朝なら別に厳しくないですし、そもそも私は普段から早朝ジョギングをやっていますので、堂々と出て来られました」

「あぁ、毎朝走ってるんだ?」

「何もせずに美は維持出来ませんからね、むすむす」


 得意げに胸を張る利央だった。

 インドアの利央が抜群のスタイルを保持しているのは少し不思議だったが、そういう陰の努力があったようである。


「えっちのとき、飛竜くんに落胆されたくありませんのでね」


(僕のためなんだ……)


 絶世の美少女に美を保つモチベーションにされているのは光栄過ぎる。

 飛竜はちょっと照れ臭くなったが、それと同時に気合いも貰えてやる気に満ちた。


「じゃあ利央さん、早速撮りに行こうか」

「ですね、行きましょう」


 こうして2人はまだひとけのない薄闇の街中に繰り出し、ところどころでスキップ撮影を開始した。


 住宅街の路地。

 駅前通り。

 歩道橋。

 河川敷。


 何気ない日常的な風景をバックに、血にまみれた白装束を羽織った利央が舞うようにカメラの前を横切っていく。

 舞うと言えば、利央は神楽をやっている。その経験があればこそ、演技の動きがなめらかで綺麗なのかもしれない。


「――はいカット。完璧。ついにクランクアップだよ利央さん」


 そんな河川敷のシーンが撮影全体における最後の撮り残しだったため、今のカットでついにすべてのシーンを撮り終えたことになる。


「やりましたね」


 利央は飛竜のそばに戻ってくると、にこやかに微笑んでくれた。


「ありがとう利央さん、本当に感謝しかないよ。利央さんが居なかったらこの撮影は絶対にやり遂げることなんて出来なかった」


 飛竜は心の底から感謝を示した。


「あとは僕が編集を最後まで頑張って、良いモノに仕上げてみせるから」

「期待してますね。飛竜くんなら絶対やり切れると思いますので。そして動画を投稿してひと息つけるようになりましたら、海か山に行きましょう。せっかくの夏休みですからね」


 そんなお誘いに飛竜は頷いた。

 実際、息抜きも必要である。

 飛竜は例年ひきこもり気味の夏を過ごしているが、利央と一緒ならたまにはアウトドアに出掛けてもいいかもしれない。


 そんな考えを巡らせながら、色々とやることの多い夏休みが開幕したのである。

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