第44話 メイキング

 さて、飛竜の夏休みはひとまず編集作業が基本線としてその幕を開けている。


「――いいですか? 根は詰め過ぎちゃダメですよ?」

「分かってる。大丈夫」


 この日は夏休み2日目で、朝から編集作業に取り組む飛竜の傍らには利央の姿があった。編集に関して利央がやれることはないものの、飛竜を傍で見守りつつ軽いお世話がしたい、とのことで、こうして午前9時の段階から秋吉家を訪れてくれている。


「きちんと朝ご飯は食べましたか? 顔を洗って歯は磨いたんでしょうか?」

「……気にかけてくれるのは嬉しいけど、僕の母さんかよ」


 本日は大人びたパンツルックの利央だが、メンタル面は大人びたを通り越してマザー化していた。


「夏休みだからといって基本的な部分を怠ってはいけないということです。人としての真価が問われます。むすむす」

「顔も歯も綺麗にしたし朝ご飯も食ったから安心してくれ」

「ちなみに何を食べたんです?」

「コーンフレーク」


 牛乳でふやかして食べた。

 ちなみに一緒にコーンフレークを食べた梓紗ブラコンは牛乳ではなく日本酒を使用していた。そして酔い潰れて二度寝中である。夏休みだからといって奔放過ぎて呆れた。


「そうですか。それはそうと、私に出来ることって本当に何もないんでしょうか?」

「作業面では何もないよ。だって利央さん、パソコン使えないだろ?」

「それは……はい、父の娯楽縛りがありましたからね。自慢ではありませんが、パソコンは授業で使ったことがあるくらいでまったくのちんぷんかんぷんです」


 利央は飛竜が起動中の編集ソフトを眺めて「むむむ?」と唸っている。

 完全に機械音痴の顔だ。触らせたらろくな結果にならないことが目に見えているので手伝わせることは出来ない。


「あ――でしたら飛竜監督のメイキング映像を私が撮るのはいかがでしょう?」


 そう言って利央が自らのスマホカメラを起動し始めていた。


「それくらいなら出来ます。むふん」

「そういえば前にもメイキング撮ってたことがあったような……」

「はい、あのとき以来すっかり忘れていたのでリブートしようかと」


 スマホのレンズが飛竜を捉え始めている。

 飛竜は自分が撮られるのは苦手だが、ひとまず好きにさせてみることにした。


「――秋吉飛竜、17歳、高2の夏です。現在はショートフィルム第一弾の編集作業を行っています」


 どうやら自前のナレーションを吹き込んでいるようだ。


「このときは秋吉飛竜があれほど大きな存在になるとは思ってもみませんでした」


(……僕の成功を前提にしたナレーションか)


 気恥ずかしいが、ありがたい限りである。


「――どうです? あなたのパパはこんなに若いときから凄く頑張っていたんですよ?」


(……ん?)


 何やら妙なナレーションが挟まった。

 とは一体。

 ひとまず気にしないことにしたものの、


「秋吉飛竜はこのショートフィルム第一弾で成功を収め、羽ばたいていくことになりました。……ふふ、パパはすごいですよね? ママの自慢です。いいですか? あなたも是非パパのように――」

「……ちょっと待って」


 飛竜はやっぱり何かがおかしいことに気付いて待ったをかけた。


「はい?」

「……はいじゃなくてだな、一体利央さんは何を撮ってんの?」

「え、メイキング風景です」

「……未来の誰かに向けた予祝メッセージビデオみたいになってるのは気のせい?」

「気のせいかと」


 利央は真顔だった。

 しかししばらく目を合わせ続けていると、頬をほのかに染め始め、


「……私が撮るメイキング風景は、飛竜くんの頑張りを不特定多数に伝えたいわけじゃないんです」


 と言った。


「それがどういうことか……分かりますよね?」

「それは……えっと……」

「いつか手元に訪れるかもしれない宝物に対して、記録を残しておきたいんです。飛竜くんの勇姿を撮っておけばきっと食い入るように見てくれるはずですからね」


 下腹部をさすりながらのそんな発言は、もはや好意のダイレクトアタックとも言えるセリフであった。

 割り切りってなんだっけ。

 久しぶりにそう思った飛竜だが、彼としてももはや割り切れていないのでその言葉を口に出すことは出来ない。

 ゆえに、


「……気が早いよ」


 照れ臭くそう告げることしか出来なかった。


「ふふ。気が早いのだとしても、撮り続けることへの異論は許しません。むすむす」


 どこかイタズラめいた笑みを浮かべながら、利央のレンズが飛竜を捉えて離してくれない。


 飛竜は(……やれやれ)と少し呆れつつも、未来に向けたそんな試みを咎めることはもちろんせずに、内心嬉しい気分で編集作業を続けることになったのである。

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