第13話 将来への一歩
飛竜と利央のセフレ契約において、コトを求めてくるのは常に利央からである。
しかしこの日はちょっと違った。
「えっと、ありがとう若菜さん……」
「いえいえ、私が誘った感もありますから」
暦が6月に切り替わったこの日の昼休み。
誰も来ない非常階段の一角で利央とのランチタイムに耽っていた飛竜は、ここ数日女の子の日だった利央からそれが終わったことを誘うように伝えられ、まんまとスイッチをオンにさせられてしまった。
結果としてどちらかと言えば飛竜の方から責め立てることになり、利央がそれを快く受け入れるという事象が先ほどまでこの非常階段で起こっていた光景だ。
すでにコトを終えて制服を着直しているが、飛竜としてはまだハラハラ感が残っており、心臓が落ち着いていない。
「ふぅ、ついに学校でシちゃいましたね」
「冷静に考えると……放課後帰るまで我慢するのが正解だった気がする」
賢者タイムゆえの思慮。
茹だっていた頭が冷め始めている。
スリル満点で良かったものの、リスクがあり過ぎた。
「気にしないでください。ここでシたのは私の意思でもありますし、初めて飛竜くんから求められたのが嬉しくもありましたので」
ブラウスのボタンを留めながら、利央は喜ばしげに言葉を続けてくる。
「嫌々付き合わせてしまっているんじゃないか、って考えている部分があったんです。この関係、私だけが楽しんでいて、飛竜くんは実のところ乗り気でもなんでもなくて、むしろ迷惑とさえ思っているんじゃないか、と」
「それはないよ、絶対にない」
「はい。今求めてもらえたことでそれを理解出来ましたから、ホッとしてます」
制服をきっちり着直した利央が穏やかに微笑みかけてくる。
「シたくなったら、今後も遠慮せずに求めてくださいね?」
「そうしつつも、場所は選ぶよ。若菜さんのこと、もっと大事にしたいから」
「割り切り相手を大事にするんですか?」
「そ、それは、えっと……」
「ふふ、まあいいですけどね」
イタズラめいた笑みと共に、利央は踊り場の一段上に腰掛けている飛竜の隣に並んできて、こてんと肩に頭を乗せてくる。
飛竜は照れ臭さを覚えたが、もちろん払い除けようなどと思うはずもなく、ただ黙って受け入れた。
「あ、そうです飛竜くん……話は変わるのですが、今週末、地域のお祭りがあるじゃないですか」
「あぁうん……あるな」
飛竜が生まれるずっと前から続く初夏のお祭り。
近くの神社を基点に露店が出て、祭囃子が木霊する伝統の1日が、今週末に迫っている。
「私、毎年神楽を舞っているの知ってます?」
「もちろん」
小学生の頃から、利央はその祭りの日に神社の境内で神楽を舞っている。
地主の家系ゆえに色々あるらしい。
――なんの繋がりもない可愛い同級生が毎年踊ってる。
そんな考えでその神楽を去年まで眺めていた飛竜だが、今年からはそんな味気ない感情だけで済むことにはならないのだろう。
「面倒ですが、今年も舞うことになりまして」
「おめでとう……でいいのかな。まぁ、それで?」
「実は、その神楽の様子を毎年公式で映像に収めて役所の観光課に寄贈してくださっていたカメラマンさんが居るんです。地域の記録を役所に残しておくための役割ですね。ところが、そのカメラマンさんはご高齢なので今年廃業なされてしまいまして。現在、私の両親がその代わりの撮影役を探しているところなんです」
と言われ、なんとなく話が見えてきた飛竜である。
「もしかして……僕にそれをやらないかどうか訊いてる?」
「そういうことです」
「やっぱり」
「どうでしょう? クラスメイトに映像クリエイターを夢見る男子が居る、という話を両親にはしていて、一応興味を持ってくれています」
勝手に売り込まれていたようだが、ありがたい話ではある。
「けど、僕で大丈夫なのか?」
「やる気さえあれば大丈夫です。神楽を含めたお祭りの様子を撮影してもらうだけですし、飛竜くん的にそういう実績を積めるのは悪い話じゃないですよね? と思ってこの話を持ってきてみました」
「いつも言ってる気がするけど……割り切りなのにそこまでするのか?」
「セフレ契約の対価とでも思ってください」
「対価寄越し過ぎ」
えっちが出来るだけでも充分なのに、あまりに至れり尽くせりだ。
「私からすれば投資でもあるので。将来の旦那様への……じゃなくて、飼い慣らしたいセフレへの、です」
まったく取り繕えていないが、深掘りすると不機嫌になりそうなのでスルー推奨である。
「ちなみにですが、この話を引き受ける場合、ひとつだけ注意点があります」
「……って言うと?」
「引き受けるにあたって、一旦父と面談してもらわないといけません。その際に私との関係についてボロを出さないように気を付けていただきたいんです」
「なるほど……」
利央に娯楽無し生活を強いている堅物との対峙。
(ちょっと怖さはあるけど……夢に向けての足掛かりになりそうだし、若菜さんといつかもっと親密な関係になった場合を考えると、取り入って損はない、よな……)
将来のアレコレを模索しつつ、飛竜は少し考えたのち、
「やるよ。是非面談を組んで欲しい」
そう言って腹をくくることにしたのである。
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