第39話 2コマ

「ここがライブハウス……人生で初めて入ります」

「ああ……僕もだよ」


 さて、急遽参戦となった利央を引き連れて、飛竜は梓紗がラストライブを飾るライブハウスにやってきた。

 シックな電飾に彩られた建物の正面にロックな客たちが集まっており、ひと目見てそれと分かる外観と雰囲気だ。


 インドア人生をひた走ってきた飛竜と利央には縁遠かった場所。

 多少緊張気味の飛竜をよそに、利央はどこか晴れやかな表情である。


「こういう場所に来られるようになったのも、飛竜くんが門限の緩和を手伝ってくれたおかげですね。ありがとうございます」


 ふと告げられたお礼を照れ臭く受け止めつつ、


「そういえば……門限の緩和って僕んちに行く場合だけじゃなかったっけ?」


 と訊ねてみれば、利央はイタズラめいた表情でこう言ってきた。


「いいえ、、に行く場合ですよ」

「あー……親父さんもそう解釈してくれてたらいいんだけどな……」


 言葉遊びに思えなくもない。


「ウソはついてないのでいいんです。ところで、お姉さんにはどのタイミングでお会い出来るんでしょうか?」

「あ、もう今から会うよ。撮影の段取りとか聞かなきゃだし」

「でしたらこのお土産が早速火を噴きそうですね」


 利央が例の謎紙袋を誇示してくる。中身が気になるものの、じきに分かることなのであえて詳細は聞かないでおこうと思った。


「じゃあ利央さんは一旦エントランスで待ってて。まずは僕が挨拶しに行って、タイミングを見計らって呼ぶから」


 いきなり利央を連れて行くと梓紗ブラコンがどういう発作的行動に出るか分からない。

 それとなく仄めかしてから対面させ、与えるショックを少しでも抑えようと思う。


「――やーん♡ ひーくんよう来たよう来た♪」


 利央と別れて楽屋のあるバックヤードを訪れた飛竜。

 今日出番のあるバンドが何組かたむろする共同楽屋に顔を出したところで、さすがにこの時間はシラフを貫いている様子の梓紗が、黒を基調としたステージ衣装でこちらに近付いてきた。


 今日でバンド活動を終える梓紗だが、その表情に暗さはない。前向きな解散だと先日言っていたが、その言葉にウソはないのだろう。


「おー、君が梓紗の弟くんか」

「うふふ、可愛いわね」

「触ってもええ?」


 一方で、利央と同じ音大に通うバンドメンバーのお姉様方も近付いてきて囲まれてしまった。

 離れろあんたら! と梓紗がガードに走っている。

 この場にもし利央も居たら嫉妬でむすむすし始めたであろうことは想像に難くない。


 ともあれ、賑やかな環境下で撮影の段取りについて確認し合い、


「あのさ姉ちゃん、ちょっといいか?」


 それがあらかた済んだところで、飛竜は梓紗を廊下に連れ出していた。

 利央と会わせる前にワンクッション挟むためだ。


「どしたん?」

「実は、その……なんというか、怒らないで聞いて欲しいんだけどさ」

「むむむ? あたしがひーくんに怒るなんて天地がひっくり返ってもありえないよ?」

「……ちょっと紹介したい女子が居るんだ」

「――こらー!!!」


 即オチであった。


「ラストライブで感傷に浸るかもしんないあたしに追い打ちかけるみたいにカノジョを紹介しようってーのは悪魔の所業とちゃうかね!?」

「か、カノジョじゃないんだっ。ショートフィルムに演者として協力してもらってる同級生!」

「あー……そういう……」


 けど女子やないかい! と再び暴れ出すかと思ったものの、梓紗は意外にもそのまま落ち着いた状態だった。小学生時代に藁人形を作ったメンタリティーはさすがに成長したのかもしれない。


「やっぱりその手の協力者が居たかー……けど、あくまでただの協力者なん?」

「そ、そう……」


 セフレです、とは言えないので頷くしかない。


「……で? その子がここに来てんのはなんでなん?」

「それはほら……姉ちゃんがBGM制作に協力するなら仲間として顔を合わせておきたい、ってことで、手土産と一緒に」

「……なるほど」

「一応、会ってもらっても?」


 お伺いを立てた飛竜に対し、梓紗は数秒唸ってから、

 

「分かった……ひーくんの協力者にふさわしい女子かどうか見極めたろうじゃん」


 どうやらチャンスをくれるようだ。

 それをありがたく思いながら、飛竜はスマホで利央に合図を送った。


「――ラストライブ前の貴重なお時間をわざわざ私に割いてくださってありがとうございます、お姉さん」


 ほどなくして、利央がこの廊下に足を運んできた。

 よそ行きの澄まし顔をバッチリ決めている利央を見て、梓紗は「はえー……綺麗な子」と目を見開き始めている。


「はじめまして。飛竜くんのお手伝いをさせてもらっている若菜利央と申します」


 飛竜の隣で足を止めた利央は、丁寧にお辞儀しながらそう言った。

 最初のお礼と合わせて、徹底的に悪印象は排除するつもりのようだ。


「え……若菜? 若菜ってもしかしてあの……?」


 奇しくも母・希実香と似たような反応を示した梓紗。

 地元で生まれ育った者なら、リアクションとしてはそうなって仕方なしである。


「はい、恐らく今脳裏によぎっていらっしゃるその若菜で合っているかと」

「そ、そっか……」


 ……なんちゅうモン連れてきたん? と言わんばかりに梓紗が飛竜に視線を寄越してくる。

 さしもの梓紗でも気後れする利央は本当に大物と言える。

 

 しかし、


「……言っとくけど、あたしは家柄の威光に負けたりはしないよ? ひーくんに変な影響を与えかねない女子は容赦なく払い除けるつもりだかんね」

「そうですか。しかし出来ましたらそう警戒なさらずに。――コレ、お近付きの印に受け取っていただけますと幸いです」


 そう言って利央が例の紙袋を差し出していた。


「――うぇっ!? こ、これって……!!」


 受け取った紙袋の中身を覗き込んだ瞬間、梓紗はハッとした表情で息を呑んでいた。

 一方で利央はこくりと頷いている。


「はい、実家が幾つか経営している会社のひとつ――【若菜酒造】が誇る最高級の純米大吟醸です」


(――そうきたか……)


 若菜家は地主であることの他にも数種類の会社を経営していると聞く。

 利央は梓紗の酒好きを考慮して自家製のお高い日本酒を手土産に持ってきたようだ。あまりにも抜け目ない。


(けど……姉ちゃんはそれで籠絡されるほどチョロいもんなのか?)


「――妹になろうっ、若菜ちゃん!!」


(…………)


 チョロいを通り越して家族に勧誘するほどの即オチであった。


 飛竜は乾いた笑いを浮かべてしまったが、平和的に解決するなら別にいいかと自分を納得させたのである。

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