第38話 託された終わり

「――おっそ~い! どこ行ってたんよ~!!」


 さて、若菜家から帰宅した飛竜には試練のときが訪れている。

 帰省中のブラコンこと梓紗あずさによる絡み酒だ。

 玄関で靴を脱いでリビングの前を通りかかったその瞬間、ちょうど晩酌中だった飲んだくれに這い寄られ、ゾンビのようにしなだれかかられたのである。


「まさか女子のもとか~っ? お姉ちゃんというものがありながら女子のもとに行ってたのか~っ!?」

「しょ、ショートフィルムの撮影をしてきただけだって!」


 利央の存在は伏せて応じる。今のところ、ブラコン姉に異性の仄めかしはNGである。無駄に機嫌を損ねさせると、BGM制作への協力要請が出来なくなるかもしれないからだ。


「ショートフィルムぅ? そういやそんなこと言ってたね。夢追っててええなぁ」

「……なんで羨むんだよ。姉ちゃんだって追ってる側なのに」

「けっ、メンバーが就活に走り始めて活動がおざなりになってるバンドに夢も希望もあるかってーの……!」


 世知辛い愚痴をこぼした梓紗は、やるせなさそうに飛竜から離れて手中の発泡酒をひと煽りしている。


「ぷはっ。音大はお嬢様の集まりすぎてロックに人生かけられるヤツが居なくて全然アカン!」

「……そもそもロック習う場所じゃないだろ音大って」


 飛竜は冷静にツッコんだ。


「上品な人たちの集まりってのは最初から分かってることだろうになんで音大行ったんだよ……」

「そういう縛りの中でなんとか人集めてバンドやるのがロックだと思ったんよ!」

「マゾ過ぎる……」


 我が姉ながら無鉄砲でイヤになる。

 しかし人生はこれくらい自由に生きた方が案外ストレスフリーでいいのかもしれない。


「あ、ところでひーくん、一緒にお風呂入ろ♡」

「絶対入らない」

「ちぇー」


 唇を尖らせて食卓に戻っていった梓紗は、つまみのイカフライを囓りながら発泡酒をごきゅごきゅと飲み干していた。


(とりあえず……姉ちゃんはバンド活動が先行き不透明で暇っぽいな)


 メンバーの就活は仕方のないことだと思う。3年の夏に差し掛かったのにエントリーシート作りすらしてなさそうな梓紗がおかしいのだ。


「もはやあたし1人でロックなことするしかないんかねー。顔出しでギター配信とかしたら人気出ると思う?」

「……知らん」


 梓紗は美形なので上手いことやればそこそこ人は集まりそうだが、その保証はどこにもない。

 そもそも飛竜的には、


「そんなことするくらい暇なら、僕に協力してくれないか?」


 と言いたい気分だったので言ってみた。


「……ひーくんに協力?」

「ショートフィルムのBGM、作って欲しいんだよ」

「ほう」


 梓紗は興味深そうに食卓へ前のめり。


「ちなみにどういう話撮ってんの?」

「ホラー寄りのサスペンス、かな。座敷牢に入れられてる子供が親を殺して解放される話」

「おー、そりゃ尖った楽曲作れそうでおもろそう」

「なら、あとで正式にお願いしたら作ってもらえたりするのか?」

「引き受けるのは全然オッケーやけど、あたしゃそんなに安い女じゃないという」


 そう呟く梓紗の表情はニヤけていた。


「やっぱり報酬がないと、ね?」

「それは……お金? それとも別の何かをご所望?」

 

 怖々と訊ねてみる。

 梓紗のことだから「デートしようよ♡」などと言ってきてもおかしくはない。


 しかし予想に反して、梓紗は直後に神妙な表情で口を開いてきた。


「んーとねぇ、あたしらの最後のライブ、撮ってくれたらありがたいんだけど」

「え……最後のライブ?」

「さっき言った通りあたしらのバンドはもう就活の準備し始めてる生真面目なメンバーしかおらんからさ、解散することになってんのよ」

「あー……マジか」

「そ。今週末、ライブハウスで最後の活動があるから記念にそれを撮ってくれれば協力したってもいいよ。ショートフィルム制作してるならなんか良いカメラ持ってんでしょ? それでバッチリ撮ってくんない?」

「……まぁ、それくらいなら全然」


 もっとふざけたお願いが来ると思っていた飛竜は逆に面食らっている。


 夢を見始めた飛竜の傍らで、梓紗が夢のひとつを終えようとしている。

 それはなんとも言えない気まずさのようなモノがあった。


「ま、あたしらにとってはそれが別の道へのスタートラインだし、あたし個人はソロでやり続けるし、前向きな解散ってヤツよ」

「そっか……でも撮って大丈夫なのか? ライブハウスって基本撮影禁止のイメージが」

「最後だからあたしらの時だけ撮影OKって店長が」

「なるほど」

「てなわけで、週末のラストライブ撮影、お願い出来ますかな~?」


 そんなおちゃらけた問いかけに対して、飛竜はこくりと頷いた。

 ひとつの夢が終わる瞬間を撮れるのは、経験値として良さそうに思えたからだ。



   ※



 こうして数日が過ぎ去り、やがて迎えた週末の夕暮れ時――、


「――ふむ、ここがポップカルチャーの街ですか」

「……なんで居んの」


 ラストライブ撮影のために某お洒落タウンの駅に降り立った飛竜は、誘っていない利央が背後からひょこっと出現したことにビビった。

 涼しげな白ワンピース姿の利央は片手に謎の紙袋を提げており、もう一方の手では「ぶいぶい」とピースを形作っている。


「いやぶいぶいじゃないんだよ……なんでここに?」

「今日のこと、飛竜くんからお話だけは伺っていましたので興味本位で尾行してきました。門限が多少緩くなったのもありますしね」

「おい……利央さんの存在は姉ちゃんにはまだ内緒にしてるんだぞ?」

「もちろん知っています。ですがBGM制作への協力を考えた場合、ショートフィルムをお姉さんに実際に見せて着想を得ていただく必要もあるでしょうし、私という協力者の存在をいつまでも隠しておくのは難しいかと」

「……まあな」

「ですから、解散ライブにかこつけて少しお近付きしてみようかと思いましてね」


 そう言って利央は謎の紙袋を掲げてみせる。


「一応、策もあります」

「プレゼント作戦……?」

「そのようなモノです。むすむす」


 自信ありげに口元をωみたいにする利央。

 よく分からないが、ひとまずその自信を信じてみようと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る