第40話 終わりを見届けて
「――えー、今日であたしらは解散しますが、このライブハウスで突っ走ってきた日々は一生忘れません! てなわけで――今夜は最後の最後まで盛り上がっていくぞオラああああああああああああああーーーーーーーーー!!」
いええええええええええいい!! と沸き立つライブハウス。
利央の手土産作戦が上手く行ったあとの、いよいよラストライブ本番である。
飛竜は初めて知ったが、梓紗のバンドはそこそこ人気があるらしい。
(なのに解散するのは勿体ないような……)
店長の計らいで特別に入れてもらった見晴らし良好の
しかしどれだけ人気があろうとも結局このライブハウスに限った話であり、日の目を見るところまでは行けなかった超ローカルな存在と言い換えることも出来る。
このままダラダラ続けることが人生のプラスにはならない――梓紗たちはそう判断したからこそ、ピリオドを打って終わらせることにしたのだろう。
【お姉さんたち、楽しそうですね】
撮影している映像に私語が入らないように配慮してか、同じくPAブースに誘われて観覧中の利央がスマホのメモに文字を打ってそう伝えてきた。
飛竜は頷いた。
梓紗たちは全身全霊で楽しんでいる。ファンを喜ばせるというよりは、自分たちが満足するために好き勝手やっているような印象。
けれどファンからすればそれが良いようで、観客席のボルテージは高まってゆく一方だった。
(……こういうファンを生み出せるってすごい)
ショートフィルムの投稿を目指す上で飛竜には怖いことがひとつある。
それは「制作した動画に対して何もリアクションがなかった場合」だ。
自分の作り上げたモノが徒労でしかなかったという現実を突き付けられる状況。
誰一人ファンなど生まれない可能性があればこそ、少なくともこの場を沸かせている梓紗たちはすごいのだと思う。
(勝たないとな……)
これに負けてはいられない、と失礼ながらも飛竜は創作意欲の高まりを覚えた。
このハードルすら越えられないようじゃ宗五郎を納得させることなど出来やしないだろう。梓紗たちには悪いがこれは反面教師だ。
社会人になるまでがひとつのタイムリミット。
それまでに計画性を持って成長出来なかった場合はこうなるというお手本。
飛竜の潮時ラインも一応その辺りのつもりだ。
まだまだ時間があるとはいえ、それに油断していたらダメだろう。
ゆえに飛竜は潰えるひとつの夢をこの目に焼き付けながら、努力の継続を胸に誓ったのである。
※
「――ああああああ終わっちまったよぉ~!!」
ラストライブ後、梓紗たちにとって最後の打ち上げが行われたのは秋吉家でのことだった。親が居ないし騒ぐのにちょうどいい、という理由である。
現在は日付がもうまもなく変わろうかという時間帯で、バンドメンバーのお姉様方は終電前に秋吉家をあとにして打ち上げはお開きとなっている。
「いざ終わりってなるとやっぱりがな゛じい゛……!」
打ち上げが終わった今も、梓紗は依然としてヤケ酒気味に飲んだくれている。
明るい雰囲気で振る舞っていたのは、痩せ我慢な部分もあったようだ。
「梓紗さん、今日はパーッと飲み明かせばいいんです。さ、大吟醸をもう一杯」
「うぅ……若菜ちゃんあ゛り゛がどー!」
さて、実は打ち上げには利央も参加していたという状況で、門限を大幅に過ぎた今も居残っている状態だ。泊まっていくつもりらしい。
宗五郎には利央本人から連絡済みで、渋々とだが『……まぁ秋吉くんのお姉さんも居るなら……』と宿泊の許可が降りたそうな。
(親父さんもだいぶチョロくなってるな……)
とはいえ、あくまでこちらを清廉潔白と信用してのことだろう。
肉体関係に関してはまだ絶対に明かせない。
(利央さんは利央さんで、姉ちゃんへの取り入り方が凄まじいという……)
食卓で隣に座って日本酒を注ぐ様子は完全に接待である。
なぜ接待しているのかは大体察することが出来る。
割り切りってなんだっけ? としか言えない。
「んもー若菜ちゃんええ子やのう。はよ妹になれ~!」
「本当になってもいいんですか?」
「ひーくんの童貞奪わないならおk!」
(手遅れっす……)
飛竜の貞操にこだわるところを見るに、梓紗はまだ完全に利央を認めたわけではないのかもしれない。気の抜けない関係が続きそうだ。
「――梓紗さん、寝ちゃいました」
やがて梓紗が寝落ちして、利央がこちらのソファーにやってきた。
「どうすればいいでしょう?」
「あー……ほっといていいよ。泥酔したら朝まで起きないし、運ぶのめんどいし」
「ふむ、分かりました」
利央は隣に腰を下ろしてくる。
何気ない行動だが、自らパーソナルスペースを共有してくれるのだから、飛竜としては嬉しく思う。
「そういえば、良かったですね。正式にBGM制作に力を貸してもらえることになって」
「あぁうん、安心したよ」
先ほどまでの打ち上げで、飛竜の撮影動画はメンバー全員のチェックが入った上で「良い記念動画」として認めてもらうことが出来た。
その結果、梓紗のみならず他のメンバーにも暇なときに手伝ってもらえることになり、一気にBGM周りの人手が増える状態となったのだ。
「LINEの友だちが一気に3人も増えたんだ。こんなの初めてだよ」
「――むすむすむすむすむすむす……!」
「えっ」
急にジト目でむすむすされたので飛竜は驚いてしまう。
「……な、何か?」
「お姉様方とのう・わ・き……しないでくださいよ?」
「あ、うん……別にしないって言い切った上で問うけど、僕らってあくまで割り切りなわけで、割り切りに浮気もクソもなくない?」
「そ、それはそうですが、2人目以降のセフレは作らないでください、ってことです」
利央はむすっとそう言ってきた。
「体力は私のために取っておいて欲しいですからね」
「うん……それはもちろん」
「では誓いのえっちをしてください」
「え……まさか今から?」
「そうです。ここで」
「こ、ここで……?」
戸惑う飛竜に構わず利央が私服の白ワンピを脱ぎ始めている。
「い、いや待てって……姉ちゃんが起きたらマズいだろ」
「一度寝たら朝まで起きないって言ってましたよね?」
「そ、そうだけど、そうじゃない可能性だって……」
「――スリルがあるからいいんですっ」
「…………」
「――むすむすむすむすっ……!」
「わ、分かったよ……!」
家でのストレスがほぼ無くなっても、利央の発散行為に衰えはなさそうだった。
(思えば……いつの間にかセフレの大義名分が無くなってるわけだよな)
利央が自宅で募らせるストレス発散のために始まったこの関係。
それが解消されてもなお、まだまだ割り切りは終わりそうにない。
いつか夢叶うその時まで、曖昧なぬくもりに身を委ねる関係が続くのは間違いなさそうである。
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