第41話 企て
暦が7月下旬に差し掛かり、もう10日もすればいよいよ夏休みに突入するそんな中、飛竜のショートフィルム制作は順調に進んでいる。
進捗としては作品の終盤まで撮影が差し掛かった状態。
編集作業を同時並行で行っており、梓紗とその元バンドメンバーたちに作品の一部を提供して雰囲気を掴ませ、BGMの制作もきちんと進ませているところだ。
夏休み中の動画投稿に向けて視界は良好。
この日の放課後も飛竜は若菜家にお邪魔して撮影を行っている。
「――はいカット。完璧。リテイク要らず」
「ふぅ、良かったです」
利央が安堵しているのは、今撮っていたシーンが少し長めゆえにテイク2だけは勘弁という気分だったからだろう。
どんなシーンを撮っていたかと言えば、ショートフィルム第一弾の山場とも言える座敷牢からの脱出である。
脱出を心に決めた主人公が、牢の扉に血まみれになるまで体当たりして扉をぶち破り(演出の下準備が大変だった)、座敷牢から出て西日に照らされるまでの流れを、利央は完璧にやり遂げてくれたのだ。
つくづく、何をやらせても一線級と言える。
「あと残ってるシーンは、脱出後の主人公が久しぶりに外を堪能する場面。それと、身内殺しを示唆する屋敷内の血だまりラストカット、かな」
「いよいよ終わりが見えてきましたね」
血糊まみれ白装束姿の利央が微笑みかけてくる。
「飛竜監督が世に羽ばたくときも近そうです」
「そうなってくれたらいいんだけどな」
そうなるように努力しているとはいえ、努力は必ずしも報われるモノではない。
しかしチャンスを掴むには努力をしないといけない。
努力なくしてチャンスは転がってこないのだから。
「さてと……じゃあ今日はひとまず撮影終了。残りのシーンはまた明日からだ」
「分かりました。では私、着替えて母と一緒に夕飯の準備に入りますね」
いつもの流れだ。
飛竜は夕飯をご馳走になってから帰るのが最近のルーティーンなので、夕飯の完成までは利央の部屋で待機する。
そして若菜家の食卓で腹を満たしたあとは、すぐに帰るor利央の部屋でコッソリえっちをする、の二択である。
この日は後者だった。
「そういえば……飛竜くんにひとつお願いがあるんです」
宗五郎が訪ねてこないとも限らない利央の部屋でコトを済ませた現在、飛竜は利央と共に裸で敷き布団に横たわっている。
飛竜としてはリスク回避のために早く服を着たいのだが、利央がべったりと寄り添ってきて離れてくれないのでそれに合わせている形だ。
スリリングな状態だが、利央に寄り添われるのは当然満更でもない気分である。
「お願いって?」
「実は、父へのプレゼントについて意見が欲しいんです」
「ん? ……親父さんへのプレゼント?」
「はい、来週の月曜が父の誕生日でして」
「あぁ、そうなんだ?」
「はい……それで、例年はどうでもいいと思って無視していたんですが、今年は父の心境が良い方向に変化してくれましたから、何かプレゼントをあげたいと考えていまして」
「おー」
きちんと利央の方からも歩み寄ろうとしているようだ。
「ですが何をあげればいいのかまったく分からないんです……」
「こう言っちゃなんだけど、正直なんでもいいと思う」
恐らくだが、宗五郎は利央からのプレゼントならなんでも感激すると思う。
何せ親バカなのだから。
「どうせあげるなら、きちんと父の欲しいモノをあげたいんです」
「じゃあ直接訊いたらどう?」
「サプライズにしたいのでダメです」
「なら僕がさぐりを入れてみようか?」
「……いいんですか?」
「いいよ。プレゼントを通じて利央さんと親父さんがもっと仲良くなってくれれば、のちのち僕にもメリットがあるかもしれないし」
たとえば将来、利央と正式に割り切らない交際関係となった場合に、宗五郎が『利央が選んだなら……』と利央の意見を尊重して飛竜との交際を認めやすくなるかもしれない。それは飛竜にとって間接的なメリットと言えるはずだ。
利央は飛竜のそんな未来に向けた考えを今の言葉から鋭くも察したようで、少々頬を赤くしながら微笑みかけてくる。
「飛竜くん、少し気が早いかと。嬉しいですけど、とらたぬ気味です」
「さてなんのことやら……」
名実が充実してきっちり全責任が取れるようになるまでは恋路に走らず、夢追い人を貫く予定の飛竜である。今の好意丸出し思考を認めるわけにはいかないのだ。
「往生際の悪い誤魔化し方ですね? むすむす」
怒っているようでいて、しかし表情はご機嫌そうだった。
飛竜にその気があることを読み取れた影響かもしれない。
飛竜としては気恥ずかしさでいっぱいではありつつ、利央がそのときを待ってくれていそうなのはありがたい限りと言えた。
「ともあれ、では父の欲しいモノをなんとかさぐってもらえたら助かります。お願いしますね? 飛竜くん」
気を取り直して話を元に戻してきた利央に対し、飛竜も気を取り直して「……今日はもう遅いし明日で」と頷き返すのだった。
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