第31話 続きますように

 まさか過ぎる宗五郎の襲来がありつつも、その後のバースデーはつつがなく進んだ。

 夕飯を食べてお腹が満たされたあとの飛竜は、こんな特別な夜でも休まず絵コンテ制作に取りかかっている。

 

「完成まであとどれくらいです?」

「んー……完成が100なら、いよいよ80を超えた辺りかな」


 片付けられた食卓の上で、飛竜はショートフィルムの終盤をどうするか考え中だ。

 内容は当初から変わらず『引きこもり少女の再起』だが、細かい部分を模索してはああでもない、こうでもないと頭を悩ませている。

 進行度80%超だが、ここからが正念場と言える。


 ちなみに飛竜の絵コンテはアナログでの作業だ。

 普通の大学ノートにせっせとカットシーンごとの絵を描き込み、そのシーンに付随する補足情報なども羅列している。

 紙だと保存に気を遣うのでいずれペンタブでデジタル制作したいと考えているが、それにもやはりお金が必要なのが世知辛い。


「ところで、今プレゼントを渡しても大丈夫です?」


 キッチンで皿洗い中だった利央が、蛇口をきゅっと閉めてこちらにやってきた。壁際にあるソファーの後ろから、ラッピングされた平べったい箱を取り出しながら、である。どうやらプレゼントをそこに隠していたようだ。


「一応、つまらないモノではないと思います。飛竜くんのお役に立てるモノかと」


 そう言って利央は食卓の正面に腰を下ろすと、そのプレゼントをスッと飛竜に差し出してきた。

 平べったいと言ったが、そこそこ大きめだ。

 Lサイズピザの外箱を彷彿とさせるサイズ感。

 ラッピングの影響で中身は分からないが、電子機器系統の外箱に思えなくもない――それこそ、ダブレット系の。


(いやまさかな……)


 よもやちょうどよくそんな奇跡は起こるまい。

 そう考えていると「どうぞ開けてみてください」と促されたので、飛竜は早速丁寧にラッピングを剥がし始めた。


「うわ……」


 そして外箱の詳細を捉えた瞬間、テンションが静かに振り切れることになった。


「利央さん、これって……」

「はい、ペンタブレットです」


 そう――よもやであり、まさかであったわけだ。

 飛竜がちょうど欲しがっていたモノを、利央は授けてくれたのである。


「待ってくれ……こんな高そうなモノ、貰っていいのか?」


 ペンタブの相場を考えれば、相当安価なモノでもない限り数万円はくだらない。


「愚問過ぎますね。ダメならそもそもあげてないというヤツです」


 道理である。


「娯楽禁止令の影響で使い道がほぼなかったお小遣い貯金が火を噴くのはこういう時なんですよ」

「いや、でもほら……服とかメイクにお金使うだろ?」

「そういうのは母がお小遣いとは別に無尽蔵な資金をくれますので」

「お金持ち……」


 こういうところで身分の差を実感してしまうが、その火力が間接的に自分へと注がれているのだから飛竜は相当恵まれているのだろう。

 これだけ投資しても構わない、と利央に思われているところもまた素直に嬉しいものである。


「にしても……僕がペンタブ欲しがってるってよく分かったな」

「ここのところ飛竜くんの作業を眺めていて思ったんです。デジタルの方が色々と利便性が高いんじゃないかと」


 つまり勝手に最高の気を利かせてくれたらしい。

 あまりにも素晴らしいパートナー過ぎて文句の付けようがなかった。


「言っておきますけど、このプレゼントにお祝い以外の他意はないです。決して未来の旦那様への投資ではありませんので。むすむす」


 なんの説得力もない補足だったが、ありがたいことに変わりはなく、飛竜としては感謝せざるを得ない。


「ありがとう……今回の絵コンテは今からデジタルに統合するのが手間だからアナログで押し通すと思うけど、次回からフル活用させてもらうよ」

「是非そうしてください。それと、ぼちぼちケーキでも食べますか?」

「あ、食べる」

「じゃあ準備しますね」


 勝手知ったる我が家であるかのように、利央はキッチンに出向いて冷蔵庫をあけていた。

 そこから取り出したのはホールのショートケーキだ。

 かなり本格的で、鮮やかなイチゴが目に眩しい。


「お手製……なんだよな?」

「はい」

「すごいな」

「この程度は大したことではありません」


 謙遜ではなく本当に大したことのない仕事だと言わんばかりの雰囲気で、利央はそれを食卓に持ってくると、わざわざ用意してくれたらしいケーキ用のろうそくを17本ケーキにセットしてライターで火を灯してからリビングの電気を消した。


 それから始まったのは、まさかのハッピーバースデートゥーユーの生歌。

 そんなサービスまでしてくれる利央に感激しながら、飛竜は歌い終わりに合わせて火を一気に吹き消した。

 未だかつて家族以外に誕生日を祝われたことのなかった飛竜にとって、今夜は忘れようのない時間となりそうである。


「さてと、では食べさせてあげますね」

「え? ……いやいいって。割り切りですることじゃないだろ」

「誕生日プレゼントを貰っている時点で遅すぎるツッコミです」


 ぐうの音も出なかった。

 そんなわけで、隣にやってきた利央がナイフでケーキを切り分け、フォークでひと口分を口元に運んでくる。


「はい、あーんです」

「…………」


 無言で若干の抵抗を挟んでみたところ、


「むすむすむすむすむすむす」


 と機嫌が一気に斜めに傾き始めていたので、もはや餌付けされる選択しか存在せず、飛竜は照れ臭くもいただく他なかった。


「うま……」


 そして食べてみれば、その美味しさのあまり照れが吹き飛んでしまった。

 利央お手製のケーキは初めて食べたが、スポンジがふわふわで安物にありがちなゴワゴワ感が微塵もない。

 すぐに次を食べたくなる魔性の味だ。店で出せると思う。


「満足しているようですね?」

「してるけど……利央さんと居るとすぐ太りそうで困るな」

「太ってくれても別に良いですけどね。その程度で見放すほど私の愛情は浅くないですから」

「……愛情?」

「あ、こほん……もちろんLIKEの意です。LOVEではないです」


 焦ったように言い繕うが、もはや何も誤魔化せていないのはご愛嬌である。


 そんな利央に餌付けされながら絵コンテ制作を進め、キリの良いところで終わらせたあとは、一緒にお風呂を堪能してその後はベッドで愉しむことになった。


「飛竜くん……生まれてきてくれてありがとうございます」


 組み敷いて動く最中の耳打ちに胸を打たれる。

 

 未だかつて他人に祝われたことのなかった誕生日。


 その不名誉な記録は今年で打ち止めとなり、もしかしたら今後は特定の1人による連続お祝い記録が続いていくのかもしれなかった。

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